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「浜で遊べるのは今年が最後じゃっち」
 オカベがそう言いに来たのは、去年の七月だった。
 夏休みの少し前だったし、梅雨明けかも知れんと思うぐらいよく晴れた日だったから、俺ははっきりとおぼえている。
 この辺の海を全部埋め立てて、そこに東洋一のでっかい石油基地を作ることが、三年ぐらい前に決まっていた。
 その工事が、来年の春にはとうとう始まるらしいということを、オカベはわざわざ俺たちに教えに来たのだった。
「もう、あれから一年かあ」と思う。
「もっと、俺たちが暴れればよかったとかなあ」と今ごろになって思う。
 大人に読まれると、叱られそうな話ばっかりだけど、俺はあったことを全部作文に書いておきたくなった。


 オカベというのは、俺たち男が面白がってエリコにつけたあだ名で、「岡部」という苗字じゃない。
 六年生の女で、ほんとうの苗字は……、中道だと思う。俺の村ではほとんど苗字では呼ばない。同じ苗字の家が多いからだ。
 エリコの家は豆腐屋なので、俺たち下級生もみんなおもしろがって、ずっと前から「オカベ〜、オカベ〜」と呼んでいた。鹿児島では、豆腐は『オカベ』だからだ。
 先生たちは「そういうあだ名はいけませんよ」といつも言っていた。俺たちも何となく先生たちの言うことの意味はわかっていたけど、本気で豆腐屋をバカにしていた訳じゃないし、ただの愛称だから止めなかった。
 けど、オカベは六年生になったら急に背が伸びてスラッとなって、髪を長くしてからは四角かった顔まで丸細く見えるようになって、「主婦の友」にのっている女の子供のような美人の人相になっていた。
 学校中でけっこう人気が出てきて、投票で児童副会長にも選ばれたので、まわりも遠慮しだして『オカベ』と呼ぶやつと、『エリコ』と呼ぶやつが三対七ぐらいだった。
 それから、これはあんまり言いたくないことだけど、オカベにはもうひとつあだ名があった。
 オカベには、豆腐屋で聞いた大人の話、例えば村でどこの家が一番金を貯め込んでいるかとか、川原さん家が東京オリンピックを見に行くというのは実はウソで、ほんとうはいなくなった奥さんを博多あたりに探しに行くんだとか、それから北見先生が家庭訪問の時期でもないのに、いつも村長の家に呼ばれて焼酎を飲ませてもらっている、とかいうような話をすぐまわりに言いふらしてしまう悪いクセがあった。
 それで、いろいろと言いふらされた大人たちが、わざと本人に聞こえるように『スピーカー女、スピーカー女』と呼んでいた。
 オカベは自分では全然気付いていないかも知れないけど、俺はそういうのが一番恥かしい短所だと思っていた。
 他はまあまあなんだから、鹿児島の女らしくよけいなことをぺチャぺチャ言わず黙っていればよかとに、と俺は心の奥で残念な気がしていた。
 それと、本を読みすぎていてすぐに難しい言葉を使って義を言うのもオカベの短所だ。
「義」は「屁理屈」のような意味だ。
 俺は、「スピーカー女」というあだ名は大嫌いだったし「オカベ〜」のあだ名の方も、最近は大声で呼んでも無視しているし、こっちも別にたいしておもしろくもなくなってきたので、そろそろ『エリコ』という本名で呼んでやろうかという気持ちになっていた。
 春には工事が始まるという情報も、豆腐屋で大人たちから仕入れたんだろうと思う。


 今もそうだけど、俺にはあだ名は無い。ただの修三だ。
 家で牛を五頭飼っているので、エリコと同じように鹿児島弁で『ベボ』と呼ばれかかったけど、俺が本気で怒って二、三人殴ったから、それからはもう誰も呼ばなくなった。
 俺には仲のいい友だちが二人いて、シゲルとケぺルだ。それは今も変らない。
 そのころ、というか去年は、みんな喜出(きいず)町上名(かみな)小学校五年、い・ろ・はの「い組」だった。
 シゲルは、しゃべるのは下手だけど、そこがみんなに好かれている。いばったやつが大嫌いで、相手が六年生でもケンカをしかけたりした。
 自分が何発なぐられても、とにかく相手が謝るまで、黙ったままで両腕を振り回して攻撃し続けるので、強いというのか不気味というのか、俺も少し恐い時があった。
 今もそうだけど、シゲルん家は蹄鉄屋で、学校に行く途中の道に面している。俺たちは雨の日や暇な時は、シゲルのとうちゃんが蹄鉄を作って、そしてそれを馬の足に付けるのを一日中見学している。
 炭火で焼かれて真赤になった鉄の棒が、トンカチで叩かれて飴細工のように形を変えていく様子は、何度見ていてもおもしろい。
 途中で、焼けたままの蹄鉄を馬のひづめに押し当てて寸法を確かめるんだけど、ひづめが焦げて煙がボワッと出るその瞬間に「臭えか?」と、見ている俺たちに聞くのがシゲルのとうちゃんのクセだ。
 俺たちは、待ってましたと三人で声をそろえて「臭か、臭か」と大声で言って同時に大笑いする。
 シゲルのとうちゃんもそこで必ず笑う。
 自動車が少し増えてきたので、村には農業や馬車で使う馬が、もう十頭ぐらいしかいないけど、蹄鉄の仕事は結構忙しそうだ。
 それでもシゲルのとうちゃんは暇な時に、蹄鉄をとりつける時に使うくぎを平べったく叩いて、俺たちに手裏剣を作ってくれたり、切れなくなった「肥後の守」をギンギンに砥いでくれたりする。
 ただ、シゲルのとうちゃんには刺青があって、怒らすとこわいらしい。
 もう一人のケペルはNHKの「ものしり博士」の「ケペル先生」から付けたあだ名だ。
前に「あだ名がある人はいいネ」とケペルが言ったから、俺とシゲルで考えてつけた。
とにかく何でも知っているから、ピッタリだと思う。
 はじめは本名とくっつけて「ケペルミツル、ケぺルミツル」と呼んでいたけど、舌をかみ切りそうになるのでただのケぺルにした。
 ケペルのとうちゃんは学校の先生で、俺は顔は知っているけど話したことはない。小さくてやさしそうな人だ。
 自分の子供が、同じ小学校にいるとかわいそうだと、わざわざとなり村の喜出(きいず)小学校の先生をしている、とケペルが言っていた。
 親子で同じ小学校だったら、連絡事やら何やらいちいち親に言わんでよくて便利だと、俺は思うけど。
 俺とシゲルがケペルの家に行くと、よくケペルのかあちゃんが、唐芋を小さく切って油で揚げて、それに砂糖をからめたやつを出してくれる。大学芋というお菓子らしいが、俺たちがいつも食べている「農林三号」のふかしただけのやつとは、あんまりうまさが違うのでびっくりした。ただ、なぜそういう偉そうな名前なのかはケペルもケペルのかあちゃんも知らないようだった。
 びっくりしたことがもう一つある。
 ケペルの家で晩ごはんを食べたとき、野菜や魚のてんぷらと一緒に、てんぷらにつけて食べる汁が出てきた。シゲルと俺はそれまで醤油かソースをかけてしか食べたことがなかったので、いろいろ勉強にもなる。
 ハイカラなおやつといい、かあちゃんの白粉の匂いといい、テレビもあるし、ケペルの家はシゲルや俺ん家とはだいぶ違って高級な感じがする。
 けど、ケペルはこの村の生まれだし、何でも知っていて頼りになるので、間違いなく友だちだと思っている。
 WとXとYの字で女の裸の絵を描いたり、マンガのような女の顔を描いたりしている。必ず女の髪の毛を長く描く。
 もしかすると、エリコを好きなんじゃないかと俺はにらんでいるんだけど、かんちがいかもしれないので聞いたことはない。
 人のことは簡単に言えるけど、自分のことは上手に言えないような気がする。
 俺はケンカも勉強もまあまあで、シゲルやケペルのように特別一番のものはない。かあちゃんは俺のことを人に話すときに「いっつもボケ〜ッとしてて、この子は〜」と言う。
 けど、俺はなんにも考えていない訳じゃなくて、ボケ〜ッとしながらいろいろと考えるのが好きなだけだ。
 四年生の時、学校の「交通安全の作文」で、普通だとあまりおもしろくないと思って、自動車じゃなくて村の中を走っている農業の馬車にランドセルを引っ掛けられてケガをしました、という話を作って書いたら、県の中で佳作というのになって困った。
 作り話だということを知っているのはシゲルとケペルだけなので、少しホッとしてはいるけど、バレたら賞品の色鉛筆は返さなきゃいけないと思うのでまだ使っていない。
 ケペルは「作文は文を作るって書くんだから、よかとよ、よかとよ」と言うけど、みかん山に落とし穴を掘って米吉じいさんを一晩山に閉じ込めた時も、黄銅鉱を取りに線路の中に入って汽車を止めた時も、俺はウソをたくさんついて、くちごたえばっかりしたことがあったので、担任の芝野先生は作文のこともうすうす気付いているかもしれない。


 村をまっすぐ突き抜けている道を、どんどん喜出(きいず)村の方向に行くと県道と重なる。その県道は、指宿という温泉につながっているので、観光バスがいつもビュンビュン走っている。そこをササッと忍者走りで横切って五十メートルぐらい行くと、潮見川がある。幅が五メートルぐらいの小さな川だ。
 今はその辺も工事でガタガタになっているから無理だけど、去年までは橋の上から魚がたくさん見れた。熱帯魚もいた。
 橋を渡らないで、その手前で川沿いの土手道を左に歩いて行くと、百メートルも行かないうちにもう海だった。俺たちの隠れ家はその土手道の脇にあった。
 土手には、高さが二メートルぐらいの竹と木がビッチリすきまなく生えていて、犬や猫も入って行けないぐらいのやぶになっていた。
 そのやぶに、やっともぐって通れるぐらいの入口が横向きに作ってあって、その奥のたたみ二枚ぐらいの場所が部屋になっていた。
 部屋というのはおおげさで、ほんとうは竹を株のところからきちんと切って、地面を平らにしてあるだけだった。
 けど、工夫もしてあって、少し太くて長い竹を何本もまわりのやぶの上に横に渡して、さらにその上には、わらや草を何重にも乗せて屋根のようにしてあったので、雨の日でも一日中そこで遊ぶことができた。
 ただ、遠くから見ると大きな鳥の巣のように目立っていて、ぜんぜん隠れ家じゃなくなってしまっていた。そして俺たち三人組がそこにいることは村中の人が知っていた。
 ある日学校が終わってから、俺たちが潮見川の方に向かって歩いていると、上地区の磯ばあさんが「今日も鳥の巣か?」と言った。
 ほんとうに鳥の巣と呼ばれていると知って、びっくりした。
 俺たち三人組はけっこう恐れられていたので、ほかの小学生に荒らされる心配はなかったけど、中学のやつにはケイカイした。
 中学のやつは浜で火遊びをするのにいつもマッチを持っていたし、その辺りはとなりの喜出(きいず)村にも近かったので、顔を知らないやつも時々うろうろしていて、火をつけられたり、中学どうしのケンカに巻きこまれるのが心配の種だった。
 けど、小学五年なのに、シゲルとは中学のやつもケンカをするのを嫌がっていたので、なんとかそれまではだいじょうぶだった。
 山の方に本格的な隠れ家を作る気持ちもあったけど、なんと言ってもそこは海が近いのとまわりに田んぼも畑もなかったので、農業の人もまったく来ないのがよかった。
 日曜日や夏休みには一日中その辺にいた。
 まるまる一日同じ辺りにいると、風の向きや、匂いや、聞こえる音がいろいろ変るのがわかっておもしろかった。
 鳥の巣の入り口の反対側は目の前が潮見川なので、満潮の時は潮があがってきて、手が届きそうな所で大きなボラやスズキがジャンプした。
 足元をのぞき込むと、黄色いしまのある名前も知らない熱帯魚がうようよ泳いでいて、だまってずっと見ていたりすると、三時間ぐらいはすぐにたってしまった。
 俺たちは釣りはめったにしない。ケペルがたまに遊ぶぐらいだった。ケペルも釣れすぎるからすぐあきた。
 針金を曲げただけの針を、木綿糸につけて、小石をオモリにしたような仕掛けでも、ドンコやゴッババは百匹ぐらいすぐ釣れた。
 ものしりケペル先生が言うには、ゴッババは本当は「メゴチ」という名前で、東京なんかじゃ、てんぷらにして食べるそうだ。
 この辺ではゴッババが釣れると、靴で踏んでグリグリと殺して、けっ飛ばす。そしてトンビの餌になる。


 潮が引き始めると、俺たちは小さな銛を持って海に走った。サルマタ一枚になってはだしで海に走った。二十秒もかからなかった。
 ここら辺の海は潮が完全に引いてしまうと、沖の方まで五百メートルぐらい砂浜になってしまうので、その前の一時間が勝負だった。
 俺たちはだいたいどの辺に少し深いところがあるかわかっていたので、そこは後回しにして、とにかくひざより少し浅いぐらいの海を走り回った。
 そのぐらいの深さだと、まだけっこう大きなサバやアジが浜の近くに残っていたので、狙いをさだめて銛でそれを突いた。あきるまで突きまくった。
 と、いうのはウソでほとんどダメだった。
 魚はたくさん泳いでいたけど、逃げるのが速くて銛を投げても刺さったことはなかった。一度、シゲルがボラを突いたけど半分死んだような目をしていた。
 潮がすっかり引いてしまうと、後回しにしておいた辺りには、たくさんの小さな水溜りが出来ていた。俺たちはそれをひとつずつ見てまわった。
 取り残された小魚が、だいたい二匹ぐらいずついて、水がどんどん干上がっていくから慌てて逃げ回っていたけど、けっきょく水が完全になくなる前にカニのハサミに捕まってしまった。
「かわいそうじゃなあ」と、ケペルが言った。
「バカじゃ」と、シゲルがボソッと言った。
 潮がまた満ち始めるころまで遊ぶと、もうクタクタに疲れきってしまう。
 俺たちはやっと十センチぐらいの深さに戻った遠浅の海を、十メートルぐらいずつ横に離れて砂浜の方へ歩いた。二百メートルぐらい先に村が見えていて、水面には赤くなりはじめた空が映っていた。
 俺たち三人は、悪者におそわれたあわれな村を、海の上を歩いて助けに向かう侍のような気分になってしまった。
「待っていろー、助けに来たぞー」
 映画俳優のような標準語で、叫んでみたりした。まったく大笑いだった。
 そして銛の遠投げをしながら、また隠れ家に戻った。
 そうだ、隠れ家の回りには、俺たちが「ラッパの木」と呼んでいた、白い大きなラッパの形をした花をつける、3メートルぐらいの高さの木がたくさん生えていた。
 浜からあがってまた話に夢中になっていると、あっという間に薄暗くなっていったけど、その白い花が百も二百も咲いているので、回りがボーッと明るく見えた。
「まだ帰らんでもよかよネェ」
 俺たちは帰りたくなかったから、その花が好きだった。もっともっとたくさん咲けばいいと願っていた。葉っぱや枝が、なすびのような匂いがして、真夏に嗅ぐとムッとするけど、遊ぶ時間を延ばしてくれる魔法の花ような気がしていた。
「キロッキロッ、キーロロッ」びっくりするぐらい大きな声の鳥が、暗がりの中を飛び回って、右の方や、左遠くや、時にはすぐ後ろで鳴いた。
 ケペルが言った。
「あの白い花はダチュラ、あの鳥はアカショウビンって名前ネ、ダチュラの種には毒があるらしかよ」
 シゲルが嬉しそうに言った。
「毒矢が作れる」
 そして俺は頭の中で、アカショウビンの羽で作った真赤な毒矢を、俺たちが世界中に向けて飛ばしてみたら、その内の一本が地球を回って村に戻ってきて……、そんな物語をボーッと空想していた。
 俺たちの一日は、去年まで大体いつもそんな感じだった。


 夏休みになったばかりのある日、俺たちが潮見川の手前まで来ると、隠れ家に人の気配がした。
 中学の連中かと思い、俺たちはかなりケイカイしながら近づいて行った。
 けど、すぐに、三人同時にそれが誰だかあっさりわかった。
「エリコさんだよ」
 ケペルが赤い顔になって、さん付けで呼んだのでおかしくて少し笑った。それでも俺は下腹に力をこめて言った。
「誰か、そこにいるのは誰か?」
 とたんに中から「ハハハ」と笑い声がした。エリコが大声で言った。中からも見えていたらしい。
「なによ、見えちょるくせに格好ばつけて、早よ入って来んね」
 俺たちは、自分たちの隠れ家なのに何か遠慮するような気分でもぐって入って行った。
「へえ〜、こげんなっちょったとやね〜」
 エリコはうれしそうに隠れ家の中を見回しながら体育座りをして、スカートの上からひざをしっかりかかえた。
 せまい隠れ家の中で、俺たちはエリコの反対側に固まって座った。
「あたしは、絶対にイヤじゃからね」
 エリコは突然しゃべり始めた。
 さっきまでのニコニコ顔から急にまじめな顔に変わったので、俺たちはビクッとした。
 エリコが何のことを言っているのか見当がつかなかった。あだ名のことかと思った。
「海がなくなるっちゅうのに、修三たちはほんとうに何もせんわけ?」
 びっくりした。そんなことは今まで考えたこともなかった。村中で大喜びしているし、「畑や田んぼが少ない家も、工事の日雇いで金が稼げていいことばかりだ」と、かあちゃんなんかありがたがっていたからだ。
 海がなくなって困るのはヒーバイの人たちぐらいだけど、石油会社からお金をもらったからもう安心だということだった。
 ヒーバイというのは「昼売」と書くのかよくわからないけど、錦江湾で獲れたキビナゴなどの小魚を天秤棒でかついで売りに来ることで、鍋いっぱいで三十円ぐらいだった。
「あたしは、総理大臣に手紙を書くからね、今は病気らしかけど、病気の時の方が手紙を読むひまがあってよかち思うから」
 エリコはいろいろなことを知っていた。
 総理大臣は「貧乏人は麦を食べろ」と言ったケチな人だから、もし手紙を読んでくれなかったら、そしたら天皇陛下に手紙を書くかも知れない、とも言った。
 俺たちはエリコの話に何から何までびっくりしていた。じっと体育座りしていたので疲れたけど、話はおもしろかったのでそのまま目をガッと開いて聞いていた。
「だいたい、町長の川島新太郎が一番悪者なのよ。浜の土地を自分で買い占めておいて、それを高く売って金もうけをして、その金で県の議員に受かりたいもんだから、石油会社に基地を作れ〜、作れ〜ち、勧めたんだってよ〜」
 エリコは大人の話をたくさん知っていた。
 俺は、エリコがあんまり色々なことを俺たちに話すので、何かめんどうくさいことになるような気がして少し心配だった。大人のことに口出しするのは恐ろしい気がした。
 川島新太郎は、髪がゴワゴワと立った、背の高い男だ。俺が町長について知っているのはそのぐらいのことで、同じ学年の「ろ組」に息子がいたけど、別に俺たちとは仲良くもなく悪くもなかったので、気にしたこともなかった。
 ただ若い頃は、シゲルのとうちゃんたちと一緒に鹿児島の市内でケンカをしたり、暴れたり、そして酔っぱらって西鹿児島駅の地べたに寝ていたという話を、俺は前にかあちゃんから聞いたことがあった。
 そんなことを思い出していたら、エリコがものすごく強い声で言った。
「あんたたちは、何もせんとねっ?」
 叱られているような気分になる言い方だったので少しムカッとしたけど、何て答えたららいいのかわからなかった。
 けど、エリコが言っていることの方が正義のような気分にはなってきていた。
 海が無くなると聞いても、工事が始まると教えられても、ただ海で遊ぶことしか考えていなかったから反省の気分にもなった。
「六年生の男はぜ〜んぶダメじゃっで、あとはあんたたちだけが男じゃっで」
 エリコはそんなことを言って、その日は帰って行った。
「エリコさんは、本当に工事をやめさせられるち、思っちょっとやろかい?」
 ケペルがまた、さん付けで呼んだけど今度はもう誰も笑わなかった。
 エリコに、頼りになるのはもうあんたたちだけだ、と言われて三人とも少し気持ちが良かったのは本当のことだった。
 遠浅の海の上を歩いて村を助けに行く三匹の侍に、ほんとうになれるような気がした。
 俺たちはお互いに顔を見合わせながら、クスクス、クスクス笑った。
 あんまりものを言わないシゲルが、学校で習った「アリラン」という歌のメロディーで「ダチュラン〜ダチュラン〜」と歌った。
 みんなもう、いろいろ勝手に空想しているらしいのが俺にはわかった。
 けど、そうなるとほとんど村中の大人を敵にまわすことになる、と思った。




         





 
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ダチュラン