工事は春からと聞いていたのに、八月ごろには沖の方に何本かの白い棒が立てられた。
 沖とはいっても満潮の時でも深さは二メートルぐらいしかないので、俺たちはそこまで泳いで行って三人同時にもぐって、力をこめて抜いて流したりした。
 まだ本格的な工事ではなくて、その棒は目印だけのためだったのか簡単に抜けた。
 けど、何本抜いてもまた次の日は立っているので、十本ぐらいは抜いたけど、その内あきてあきらめてしまった。
 まだそのころは、俺たち子供が浜に行っても泳いでも何も言われなかったし、見張り役の人もいなかったので、俺たちはそれまでと同じように「海のガキ」という感じだった。
 けど時々、工事の関係者が何人かで来ては、沖を指差したり望遠鏡のようなものをのぞいたりした。
 村の一番はしっこにある安里さん家が、その人たちが休んだり水をもらうような所になっていて、そこへ向かう自動車が村の真ん中を通ったりすると、大人たちがヘコヘコおじぎをするのが少しイヤな気分だった。
 エリコとはその後、道で会ってもしゃべらなかったけど、俺たちの目をジーッと見て合図を送るような顔をするので困った。
「ちゃんと考えちょるのね?」といわれているような気がして、その時だけはビクッとするんだけど、毎日海は楽しいし、魚はたくさんいるし、水中銃はもうすぐ出来あがるし、
何月何日までに決めろと言われないと考えつかないものだなあ、と俺は思った。
 けど、隠れ家にいる時はいつも、そのことについて話し合いはしていた。
 工事がどんなふうに始まっていくのかが全然わからないので、俺たちはただもう思いつくままに想像して、工事のじゃまをする方法を言い合っていた。
 俺とシゲルは、だいたい同じようなことを考えていた。
 工事はドド〜ッと、ブルドーザーとかクレーンとかが来て始まるものだと思っていたので、砂浜に穴を掘って落とすとか、油をまいて滑らして走れなくするとか、そんなことを考えていた。
「ゲリラちゅうことばを知っちょっか?」
 ケペルが、大笑いしている俺とシゲルをじっと見ながら言った。俺はそれを聞いて「下痢」を連想して、またバカ話だと思って笑いかけたけど、ケペルは顔をピキッとさせて声も低い感じだったのですぐにキリッとした。
「ゲリラっち言うのはネ、力が違いすぎてネ、武器とかも比べもんにならん時にネ、隠れながら夜とかにネ、相手の急所を攻撃する方法なのヨ」
 ケペルが何をたくらんでいるのか、俺とシゲルにはまだわからなかったけど、なんかドキドキする言い方だった。
 ケペルは続けてしゃべった。
「工事はネ、ドドッ〜と始まっとじゃなくて、ちょっとずつ準備をしながら、進んで行くっち思うとよネ。今は安里さん家で休憩したりしちょっけど、あいつらはまず最初に、事務所のようなものをプレハブでどこかに作るっち思う」
 ケペルはゆっくり、ゆっくり話した。
 工事の関係者を「あいつら」とケペルが呼んだのが格好よかった。
「そいで、どんなゲリラをやるのよ?」
 シゲルが先を聞きたがった。
「はじめはネェ、その小屋に何度でも火をつけようかと思ったんだけどネ、よく考えてみたら爆破がいいと思う。ニュースに出るからネ」
 俺とシゲルは少しだけドキッとしたけど、そんなにはびっくりしなかった。もう自分たちは、テレビの「忍者部隊月光」の一人のような気がした。
 実は、ケペルは前から火とか火薬が大好きなやつだった。「2B弾」というのを切り開いて火薬を集め、アルミの鉛筆サックに3発分ぐらいをつめてロケットを作ったり、鉄のパイプに火薬とパチンコ玉をつめて鉄砲を作ったりするのが好きだった。
 俺とかシゲルは2B弾を買うお金がなかったから、そういう遊びは出来なかったけど、ケペルはお年玉とか小遣いをちゃんと毎月もらえる家の子だから、お金をいくらか持っていた。
 俺はゲリラの話を聞いた時から、ケペルはきっと火薬を使いそうだ、と予想していた。
 けど、浜で焚き火をするのとは訳が違う。それは「犯罪」というものだとも思った。
 そしてケペルは、もっともっとずっと低い声で言った。
「ただな、つかまったら死刑だと思う。俺はよかけど、修三とシゲルはどうな?」
 エリコの「あんたたちだけが男」ということばを思い出した。
「つかまらなければよかとやな?」
 シゲルと俺が同時に聞きかえした。俺たちはとうとう「忍者部隊月光」になることを決心した。


 夏休みが半分ぐらい過ぎたころ、エリコがまた隠れ家にやって来た。
 自転車でやって来て、突然「入るよ」と言いながら、もうズカズカと入って来ていた。
「暑か、暑か」と言いながら、白いシャツの胸のところをつまんでパタパタと風を送り込んでいたので、俺たちはドキドキした。
 俺は、自転車が土手のところに止まっているのを誰かに見られたら困ると思ったけど、エリコがすぐにしゃべり始めたので、仕方なくそのままにした。
「また、いろいろわかったヨ、いろいろ。あんたたちはなんか考えたね?」
 俺たちはいいかげんにうなずいた。
 エリコは次々に新しい情報を話した。まず、なくなるのは海ばかりではないということを言った。
 俺たちは、基地は海の真中にドーンとできて、そこからパイプか橋のようなもので陸とつながるのかと思っていたけど、ちょっと違うらしかった。
 砂浜も、平行してある松林も、となりの村の分もふくめて十キロメートルぐらいなくなるらしいということだった。
 ということは、俺たちの隠れ家のあたりも全部なくなるということだった。
 それは困ると思った。絶対に困ることだ反対だ、と思った。
 エリコはひとりでしゃべり続けた。
「来年の四月二日に起工式っていうのがあるって。場所はまだわからんけど、石油会社や工事会社の偉い人や、県の人、町長、村長、たくさん出るはずだって。もう村の中でも働く人が決まっているらしか。そん人たちも式に出るように言われちょるって」
 俺は、エリコん家が豆腐屋で良かったと思った。そうでなかったら、そんな情報は知ることができなかっただろう、と思った。
「あたしの手紙はまだ出来上っちょらんけど、出す相手を変えたとよ。総理大臣は病気が重くてオリンピックにも立ち会えんらしか。天皇陛下に手紙を出すっち言うても、宛名もわからんで、どげんしたらよかか今考えちょっところ。あんたたちは何をすっと?」
 エリコはポンポン、ポンポン早口でしゃべった。
「あたしが手紙を書くでしょう、そいであんたたちが子供らしかことで行動してくれたら新聞とかに何かのるっち思うとよネ。それに村の中にも反対の人が少しいるっち。反対する人もいるっちことを発表せんといかん」
 子供らしかこと、というのが気になって俺たちはだまって聞いていた。
「シゲルは何をすっと?」
 シゲルは、順番がちがう、という顔をした。
 だいたいシゲルは、何か聞かれたりするのは、いつも二番目だったからだ。
 けど、シゲルはしゃべり出した。
「とうちゃんの仕事場にある蹄鉄のくぎでマキビシば作っちょっと」
 俺はおどろいた。そんなことは聞いていなかった。いつの間にやっていたのかぜんぜん知らなかった。
 エリコは「ふ〜ん」といって考えていた。
「忍者部隊みたいやね〜。そんでミツル君は?」
 ミツル君と呼ばれてケペルはまた赤くなった。
 一番子供らしくない爆破計画のケペルは、もうごまかす返事を考えてあったらしく堂々と答えた。
「俺は花火です。花火を作ります」
「花火って? お祝いみたいじゃねぇ」
 エリコは不思議そうな顔をしたけど、それ以上は詳しく聞かなかったので安心した。
 俺は、聞かれる前に、シゲルといっしょに行動している、と言った。
「子供らしかこと」というエリコのひとことで、俺はますますいい作戦が考えにくくなったような気がした。


「金山へ行ってみらんか?」
 十月の始めに、ケペルは俺とシゲルを探険にさそった。
「火薬が足らんちよ、2B弾の火薬じゃ、ぜんぜん足らんちよ。金山に行ってみれば何か残っちょっかも知れん」
 俺たちの村には、薩摩藩のころ掘っていた金山の廃坑が残っている。そこへ行って中をあさってみようということだった。
 学校の横の坂道を上りきってみかん山を抜けると、そこから先は人がやっとすれ違うことができるぐらいの細い山道が続いた。
 近づくにつれて、けもの道のようになったけど、シゲルが草や木やつるをグイグイと腕でかきわけて進んだ。前にアケビ取りに来たことがある、と言った。
 廃坑に着くと、トンネルの入り口のところが少し広くなっていて、たき火のあとがいくつもあった。きっと中学の連中が火遊びをしたんだと思った。
 入口は太い針金でできた金網でふさいであったけど、登って越えるのは簡単だった。
 トンネルの中は、水が五十センチぐらいの深さでたまっていて、木の舟が半分沈んだような感じで置いてあった。
「舟じゃないと入って行けんなあ」
 俺たちは、重くなった舟を引き寄せ、中の水をカンカンで汲んで捨てた。舟に穴はあいていなかった。雨水が溜まっていただけだった。俺たち三人が乗っても、ちゃんと浮かんだ。
 竹のさおで水底を押してみたら、トンネルの真っ暗な奥の方へス―ッと吸い込まれるように、そして思ったよりも速いスピードで進んだので三人とも鳥肌がたった。
 振り返って、トンネルの入口が小さな半丸に見えた時、とつぜん舟がゴンと何かにぶつかって行き止まりになった。
 回りを手で探るとヌルヌルしていて、かべが生き物の肌のように動いたようだった。
 恐ろしいという気持ちがいっぺんに破裂して、俺たちはあわてすぎて転覆した。
 ケペルはびしょぬれになりながらも、今度懐中電灯を持って来れば絶対何か見つけられるはずだ、と強がった。
 結局その探険は大失敗だったけど、俺は本物のダイナマイトとかが見つからなくて、内心ホッとしていた。
 人が死ぬような大爆発を起こしてしまったら絶対死刑になるはずだし、エリコが言った「子供らしか」というのと正反対のことのような気がしたからだ。
 ケペルは金山からの帰り道「チェスト!」と叫びながら、ススキの茎を肥後の守でスパッ、スパッと切った。そして言った。
「よし、火薬は作ってみっで。シゲルはとうちゃんの仕事場から、炭の粉を茶碗に二杯ぐらい持ってきてくれんネ?」
 火薬を作る! 俺とシゲルは感動した。
「黒色火薬っちゅうのがネ、あるのネ。炭の粉とネ、それと硫黄と、硫黄はネ、風呂に入れるのが家にあるからネ、それと硝石ちゅうのを混ぜればネ、できるとよ。問題は硝石じゃっ、調べてみる。爆発させるのは、豆電球のフィラメントと長いコードと、乾電池があればネ、うまくいく」
 ケペルは自慢するように細かく説明した。
 俺とシゲルは、ほんとうはあまりよく分からなかったけど、ケペルに悪いのでわかったような顔をしてうなずいた。
 学校では、ゲリラの事は絶対に口にしないようにしていたけど、次の日ケペルは我慢しきれんように、俺とシゲルを教室の後ろの隅に呼んで言った。
「わかったど、硝石のことがわかったど」
 俺たちは、すぐに校庭に出た。そして刑事ごっこをするふりをして、校庭の一番はしっこまで走り、疲れたふりもして大きな夏みかんの木の下に座った。
 ケペルはうれしそうにしゃべり始めた。
「硝石はネ、便所の肥溜めの中にあるのよ」
 俺とシゲルは顔を見合わせた。
「明治維新か、その前の時はネ、ウンコと小便を混ぜ合わせた汁をどんどん乾かしていってネ、濃くして、またどんどん濃くして、最後にカスを取ってネ、白い粉になるまで乾かして硝石を作ったってネ、本に書いてあったとよ」
 俺はまたすぐに悪いクセでウンコが爆発するところを想像したけど、だまって聞いた。
「そいでネ、俺は調べたとよ、自分の家の肥溜めをのぞきこんでネ。ほら、よく肥溜めの横の壁に白いような黄色いような粉が付いちょるでしょう、あれが硝石だっち思うのネ、あれを集めるのよ」
 善は急げだ。肥溜めはどこにでもあったし、一人が虫網の棒を持って下に当てがって、もう一人が別の棒で白い粉をこそぎ落として集める。ケペルは集め方まで考えていた。
 村中の留守の家の肥溜めから一週間で集めた。テレビのある家にみんな集まってオリンピックを見ていたからできたことだった。
 ケペルはいつも見張りばかりで、俺はチクショウと思ったけど、あとでこれを混ぜるのだから、汚いのはケペルが一番だと思って許した。
 集めた硝石はまだ湿っていて百パーセント臭かったので、ケペルが家から持ってきた浅いブリキのカンに入れて、隠れ家から少し離れたところの日向で干した。
 そして短い棒でつついて、なるべく細かくくだいた。くだきながら俺たちは「ダチュラン〜、ダチュラン〜」と歌った。いつのまにかこの変な歌は、俺たち三人組の主題曲になっていた。
 そして、ケペル博士はついに黒色火薬を完成させたのだった。
 実験をした場所は、潮見川のある方とは逆の村のはずれで、そこはもうほとんどとなりの瀬串(せぐし)村の浜だった。
 爆弾は、鉛筆より少し太いぐらいの紙の筒でできていた。その筒の端からは十メートルぐらいのエナメル線が出ていて、その先にはケペルのプラモデルから取ったスイッチが付いていた。
 堤防の出っ張ったところにスイッチを置いて、ケペルはエナメル線をはわせながら爆弾を離れたところに置いた。
 ほんとうのダイナマイトを仕掛ける戦争映画のようだった。
 ケペルが爆弾の上に砂をかぶせてから戻って来る時、なぜか忍び足で歩いて来たので、
シゲルも俺もきんちょうした。
 堤防の出っ張りに体を隠して、俺たちは伏せた。ケペルが「よかね?」ときいた。
「ボッコーン」
 砂が三メートルぐらい飛び散って、灰色の煙が直径五メートルぐらいの丸い球になって出た。
 俺たちは拍手かっさいをして、踊った。
「2B弾と同じ臭いがするね〜。ウンコの臭いはせんね〜」
 俺とシゲルは踊りながら笑った。笑いながら取っ組み合いをした。
 そしてすぐに走って、その場から去った。
 帰り道で、また俺たちは「ダチュラン〜、ダチュラン〜」と歌った。やさしいメロディーの歌だけど、その日は思いっきりふざけて強く歌った。
 爆弾が成功してホッとしたのか、ケペルだけが静かに後ろからついて来ていた。
 俺とシゲルは、ケペルはもう起工式で使う爆弾のことを考えているのだろうと思った。
 それから、エリコの「手紙」はどうなっているんだろうか、と少し気になった。


 ケペルの予想は当たっていた。
 工事の準備はなかなか進まず、工事関係のやつらはあいかわらず杭を打ったり、防波堤に赤ペンキで印をつけたりしていた。
 ブルドーザーやクレーンの軍団が戦車部隊のように地響きをたててやって来ることはなかった。
 ただ、十一月には隠れ家近くの松林が少し切り開かれて平地になり、ケペルの言った通りプレハブの小さな事務所が立った。
 そこは潮見川をはさんで、隠れ家の反対岸の海際だったけど、工事関係のやつらはパトロールの途中でいつも俺たちの隠れ家をニヤニヤ笑いながらのぞいていった。
 それと、工事ではなかったけど村の人たちが集まって、プレハブ事務所の回りや向う岸の草や竹を刈り取って焼いたのが十二月頃で、結局正月前には事務所から県道までの間のけっこう広い場所が平地になった。
 俺たちは、起工式が行われるのは絶対ここに間違いないだろう、と話し合った。
 向う岸が裸になったので隠れ家も丸見えになったけど、ケペルは「こっちも見張りやすくなったネ」と言った。その通りだった。
 正月の三日に突然事件が起きた。
 プレハブ事務所が燃えたのだ。村に三つあるサイレンが鳴りまくって、消防団が大騒ぎして浜へ走った。
 けど、火はすぐに、しかも自然に消えたらしくてたいしたことはなかった。俺はサイレンの音を聞きながら「ケペルかもしれない」と思ったけど、それは間違いだった。
 けど、この事件で、俺たちの他にも「ゲリラ」がいることを知った。
 そしてその後も、事務所の旗が盗られたり、ガラスが割られたりした。もちろん俺たちがやったことではなかったけれど、いろいろ事件が起こる内にもうひとつ、はっきりわかったことがあった。
 それは、どんなひどいゲリラが何度起きても、工事の人たちは我慢して絶対隠すことに決めているらしい、ということだった。
 村の人たちも、事件のことについてはしゃべらないようにしているようだった。
 結局俺たちは、ゲリラらしいことは何もせず、起工式だけに集中することにした。
 ケペルが作った見取り図を見ながら、何度も練り直した作戦は、エリコの言った「子供らしか」ものになったような気がした。
 そうだ、そのエリコだけど、俺たちと道ですれ違ったりすると目線をそらすようなことを何度もした。
「心変わりじゃな」とシゲルが言った。


「パンパン、ボッ、パパーンパンパン」
 朝から花火の音がやかましかった。
 俺たちはぜんぜん眠っていなかった。
 前の晩、工事のやつらが起工式の準備が終わってもなかなか引きあげなかったからだ。
 俺たちが爆弾のセットを始めたのは、もう夜明け近くだった。
 爆弾は、プレハブ事務所の床下の十センチぐらいのすき間に仕掛けた。実験したのと同じぐらいの大きさで、エナメル線は二倍の長さにしてあった。
 そして足踏み式に変えたスイッチは、離れた防波堤のかげに隠した。
 ケペルは突然「告白」をした。
「黒色火薬はネ、失敗。実験の時も2B弾の火薬じゃったと、だましてゴメン」
 俺もシゲルも「よかとよ、よかとよ」と小声で言った。爆発しさえすればいいと思ったし、夜が明け始めていたからそれどころじゃなかったからだ。
 爆弾に砂をかけ、その上と横に俺が考えた「子供らしか?」ものを置いた。
 シゲルの作った、板をクギで打ち抜いただけのマキビシは、爆弾と反対側の駐車用の場所に仕掛けて、それにも砂をかけておいた。
 準備が全部終わった時、空はもう青くなり始めていた。ぎりぎりセーフだった。

 眠くてフラフラしながら県道を渡ると、広場にはじいさんばあさんから子供まで、村の全員かと思うぐらいの人たちが集まっていた。
 そして十時ちょっと前に、プレハブ事務所からやつらが出て来た。リボンで作った赤い花を胸に付け、7人の男たちが爆弾のすぐ横の椅子に座った。
 ケペルの見取り図通りの配置だった。ゴワゴワ髪の川島町長もいた。石油会社の偉そうな人や、背広姿にヘルメットをかぶった妙な格好の人もいた。そのまわりでは、背広や作業服を着た二十人ぐらいの関係者がちょこまかと動き回っていた。
 一番県道側の所には、南九州放送の旗を立てたバスがいて、屋根の上で係りの人がテレビカメラを動かしていた。南日々新聞の腕章を付けた男たちは、手帳に何か一生けんめい書き付けていた。
 式が思っていたより大々的なので、俺はいいぞ、いいぞとは思ったけど、じっとしているとドキドキで体がこわれそうな気がしたから、とにかく動き回っていた。
 人をかき分けながら歩いていると、まわりで「何か、臭かなかか?」と言っているのが聞こえた。その瞬間、俺の耳の奥では自分の心臓の音が鳴りひびいた。
 そして、マキビシの上には自動車がもう何台も止まっているのが見えた。
 拍手が起きて、ついに起工式が始まった。
 ボスのようなじいさんが最初にあいさつした。そのあとはどんどん人が入れ替わって、最後にはヘルメットも話をした。
 神主がお払いをしたあと、最初にあいさつしたボスが、手にスコップを持って目の前の盛り土の所に立った。
 いよいよだ、いよいよだ、と俺は少し気持ちが悪くなるぐらいきんちょうした。
 そしてボスは、力をこめてスコップを土の中に突っ込む真似をした。
 たくさんの拍手がどっ〜と巻き起こった。
 カメラのフラッシュがバシバシ光った。
 その時だ。「ボッ」という、花火を打ち上げる音がした。
 今だ! その音を聞いたケペルは防波堤のかげでグイッとスイッチを踏んだ。
「パンーパンー、ボッ、パパンパーン」
「ボッコーン」
 連続した花火の音に混じって、プレハブの床下でにぶい爆発音がした。そして砂と、わらの破片と、何かベチャベチャッとした汁のようなものが、あたり一面に飛び散った。
 一瞬みんな訳がわからずに、ただつっ立ったまま、顔やシャツに付いたベチャ汁を手で拭いたり、鼻に近づけて嗅いだりした。
 そして二、三秒してやっと「爆弾だ、爆弾だ」という叫び声と、「臭か、臭か〜」という悲鳴がいっせいに沸き上がった。
 したっぱの関係者が、大騒ぎしてベチャ汁まみれの7人を自動車の方へ引っ張って行った。乗せて逃がそうとしたのだろうけど、とっくにタイヤはペッチャンコになっていた。
 おまけに、あわてて自動車を動かしたので、
板まで車輪の所に食い込ませてしまって、まったく動けなくなってしまっていた。
 大騒ぎするふりをしながら祝いの焼酎に近づいて行って飲もうとしている人や、汁のなすり合いをする子供たちや、つかみ合ってケンカをしている人たちもいた。まるで運動会かお祭りのようだった。
 俺たち三人はクツクツ、クツクツ笑いながら、ゆっくりゆっくり歩いて逃げた。こうして「牛糞爆弾作戦」は完了した。


 その日の夕方、俺たちはエリコに呼ばれて学校に集まった。
「手紙は書けんかったと」
 エリコはボソッと言った。
 俺は「もうよかよ」と小声で言った。
 隠れ家の場所探しに、すぐにどこかに行きたかった。けど、それができなかったのは、エリコが突然大声で泣き出したからだった。
「修三は作り話が上手じゃっで小説家になって海の話を書いて。ミツルは画家になって海の絵を描いて。シゲルはヤクザでも何でもよかから悪者をやっつけて」と言った。
 俺は、まったく女は泣きながらでも人に命令するんだなあ、と思った。


 俺たちの新しい隠れ家は、金山の近くの崖の上にある。
 村のほとんどと、海が見渡せる。
 飛魚の大群が逃げまわる時にできる、白い波のような線も見える。
 俺はあいかわらず、ボーッとしながらいろいろ空想するのが好きだ。
 校庭の、去年まで夏みかんの木がたくさんあった辺りに、石油会社が作ってくれているプールの四角い穴が見える。
 いつか潮の引いた海で見た、小さな水溜りのようだと思う。
 俺たちはカニに食べられる小魚なのかなあ、と思う。
「ダチュラン」の歌は、最近ぜんぜん歌っていない。




        





Yahoo!JapanGeocities topヘルプミー
後編
ダチュラン