東日本新人応戦 準々決勝
08年8月4日(月)「 行け行け勝賢 6 」

 東日本新人王戦もとうとう準々決勝だ。
「ラッキーな試合もあったがよくぞここまできたものだ」という半分ぐらいの満足と「ここまできたのだから勢いでも何でもいいから優勝まで行かせてよ神様」という強欲が混じりあって、観ているだけのわたしでさえも緊張で心臓がドキドキした。今回の対戦相手が特別強いという評判があるわけではなかったが、ベスト8まで残ってきた選手である、弱いということはない。ミスは確実に命とりになる。まして練習量、スタミナの保持、減量、心身のモチベーションをピークに持ってくる等、ボクシングには試合前にクリア及び調整しなければならない絶対的要素が多い。1つ欠けても悪い結果に繋がるのは必定である。いわんや万全の準備を整えて勝負に臨んでも、ツキというやっかいなものまであるのだ。天国と地獄はほんとうに紙一重だ。最悪の場合、本当に死ぬからねえ、イヤダイヤダ。
 
 つべこべ言ってもしかたが無いので、結果をお伝えする。判定はドローだった。負けたわけではないが、トーナメント制なので敢えて優勢点をつけて次のベスト4に進む選手を決めなければならない。勝賢はこの制度によって1ポイントの差をつけられ涙を飲むことになった。野次馬みたいなことをいうなと叱られそうだが、前々試合で逆の立場で勝ち進んできたという経緯があるので、その制度自体を怨めしく思うのは間違っている。この制度については、だからチャラ(おあいこ)だ。
「今日のジャッジはミスジャッジだよ。気にすんなよ、勝賢!」
 知ったかぶりのオッサンが、試合後客席に顔を出した勝賢に握手を求めながら慰めた。オッサンが残していったアルコールの匂いが腹立たしい。勝賢は悔しさのあまりうつむいて一言もしゃべらない。うっすらと涙を浮かべているようにも見えた。

 ミスジャッジ? わたしはちょっと腹が立った。ミスジャッジなんかであるものか、今日の試合はわたしの採点では完全に負けである。アホみたいに大声を出して応援はしているが、公正なジャッジも頭の中のどこかでできているつもりである。いままで外れたことはない。手数、上下のパンチの打ち分け、フットワーク、ガード、リズムすべてが今までの勝賢とは別人のようだった。非情な言い方だが、今日の勝賢なら今までの過程でとっくに負けている。それほどいつもとは差があったのだ。だからミスジャッジだなどと言って慰めて甘やかしてはいけないのだ。スポイルされるのがオチである。完敗を認め、自分が失敗したこと、現時点での自分の実力を知ることこそ勝賢にとって意味があるはずだ。

 一体何があったのか、翌日勝賢の父親(わたしの上司だ)に聞いた。父親は“言い訳になるが”と前置きした上でポツポツと話した。それによると減量に失敗したらしいのである。試合の一週間前にはこのぐらい食べてよし、三日前はこのぐらい、徐々に量を減らして試合前日にはリミットをクリア……といった“勝賢減量プログラム”というのがあるのだそうだ。これまでは全てそのプログラムで成功してきた。ところが今回はなぜかいつも通りに体重が減っていかなかったというのである。さもあらん、まだ10代なので背も伸びるだろう、筋肉も付くだろう。で、前日などはほとんど食も水も摂れず、ゆえにすでにその段階で半バテだったらしいのである。さらにカカトが疲労骨折寸前状態でロードワークも制限されてもいたらしい。スタミナどころじゃない、病人だ。
 今思えばだが、試合前にあの“壮絶応援母さん”もどこかしら静かだったなあと感じるのである。近親者の不安はもろに本人に伝染するからね。心身のモチベーションが今回頂点には達し得なかったということだろうか。
 
 冷たいけれどそんな試合は観たくなかったなあ、とわたしは思うのである。勝っても負けても、調子が良くても悪くても、勝賢と運命を共にして喜びも悲しみも共有するというのがファンというものだ。だからわたしは勝賢のファンではない。ボクシングの才能が彼に有るのか無いのかも分からないし、世界チャンピオンになれる器なのかそうでないのかなど、素人のわたしに分かる訳など無いのだ。彼に惚れ込んで運命を共にしようというのでもない。利害も無い。髪型も嫌いだ。ダサイ。
 しかしだ、何かの縁があって、この1人の男がこれからどんな人生(ボクシングは1部だ)を送っていくのだろうと、興味を持ったのである。10代にして強大な魔物に挑戦することを決めた男の物語なら、冥土の土産にも見ておきたい。わたしでなくても見てみたいと思うだろう。ボクシングという枠に限らず、世の中すべての“甘み”と戦う男を見てみたいのである。
 どんな世界にしろプロの世界に足を突っ込んだことのある人には分かるはずである。結果はすべて自分が背負わなければならない事、自分の意志や力ではどうすることもできないレベルで事が進んで行くこともあること、そしてそれすらもすべて飲み込んで生きて行かねばならないこと、それがプロの世界だ。すべての業界で共通する。それを覚悟しなければならないのである。心を先に大人にしなければ、すぐに死んでしまう。あっという間に暴力団の用心棒かチンピラ落ちだ。

 勝賢君、強くなってください。圧倒的に容赦なく強くなってください。すべてのことに甘えないでください。魑魅魍魎(ちみもうりょう)、魔物どもさえ従わせるほど強くなってください。わたしたちは招待券や割引券をもらってヘラヘラ遊びがてら応援に行っているのではないのです。だからわたしはビールも飲まないのです。時間の無い中を身銭を切ってボロボロの体を引きずって応援に行っているのです。娯楽の要素は何ひとつありません。ただただ世界を制覇するほど大きくなって行く男の姿を、一生に1度でいいから身近で見てみたいのです。




                




mk

いよいよだ

どこかおとなしい

上下で打て

対戦相手の余裕

手を出せショウケン

明暗のシーン
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