灯台、元暗し
06年7月3日(月)「 灯台、元暗し  」

(前置き)
 カブのエンジンオイルに「IXL(イクセル)」という金属表面改質剤を入れた。目に見えなくてもエンジンのピストンリングやシリンダーには細かい傷がいっぱい付いている。それを金属イオンレベルで化学的に埋め、さらに表面に堅牢な油膜を作ることで摩擦を格段に軽減する訳だ。結果、エンジンの負担が減り、静穏化・燃費の向上・エンジンの長寿命化につながるわけである。車にもOKで、エンジンオイルの交換が30000Kmに1回でいいらしい。魔法のオイルと言われる所以なのだ。アメリカの産業機械の寿命を伸ばすために開発されたオイルなので信用できるし……ガハハ、IXLの宣伝マンにもなれそうだ。この手の添加剤にはマユツバものが多いので慎重に検証しなければならないが、現時点では期待度は高い。わたしは注入して15分程でその初期効果を実感した。エンジン音が軽いのである。それと、カブは半オートマ(遠心力クラッチというのが付いている)なのだが、クラッチもスコンスコンと気持ち良くすべるように入る。走行距離35000Kmのカブが若返った(ような気がする)。
 オイル添加剤はある程度の“距離”を走ってみないと真価はわからないので、まとまった距離を走る機会を梅雨空をチラチラ見ながらうかがっていた今日この頃だった訳である。
(本題)
 そこへ来て今日の午後からの突然のピーカンである。50Kmは走っておきたい。わたしはいざ雷雨という時のためにデジカメを防水パックにぶち込み、準備1分でセルを回した。ひたすら走り回るというのも芸が無いので、いつもどおり大宮の見沼区の水辺を覗きながら低速で流す。風速30kmの快感。
 コントラストの強い水辺写真を知人の画家(サッタ ヤスシという人)に頼まれてもいたので、エンジンはかけたまま数カ所で取材した。エンジン音も水路の水音もサラサラとして、とりあえず小さな幸せと満足の時が流れていたのだった。と、その時である。10m前方の水面にでピシッと音がした。
「オッ? ライズ?」
わたしは思わず声を出し、目を見開いた。ライズというのは、魚が水面を流れてくる何かを捕食することをいう。カゲロウなどの虫であることが多い。鯉などのジャンプとは違うのだ。かれこれ10年以上通い続けているその人工の用水路でそんなシャープなライズを見るのは初めてだった。虫を捕食する魚ならフライで釣るのも不可能ではないのだ。フライフィッシャーはライズをみると人間が変わる。
「なんだなんだ? ボラの稚魚か? 雷魚の稚魚? 流れのあるところにブラックバスやブルーギルはほとんどの場合居付かないし……」
 釣りをしている人を見ることはあったが、しかしそれは“モツゴ”や“タモロコ”の餌釣りであることをわたしは見聞きしていた。その小さな用水路をフライフィッシングの対象河川として考えたことは無かったのだ。わたしは“釣りキチ三平”になっていった。試さないわけにはいかない。わたしはカブの竿入れから7.6フィートのフライロッドを取り出し、すばやくセットアップした。フライも12番から26番まで5個ずつそろえてある。鮭からメダカまでいける品ぞろえなのだ。
 フェンスを乗り越えて狭い土手に立ち、薮にラインをひっかけないように注意しながら第一投。フライが2m流れたところでいきなり食って来た。オイカワだった。わたしは喜びのあまり水路に落ちそうになった。
「もっと早く教えてくれってんだよ神様、灯台元暗しとはこのことじゃあ〜りませんか、デヘデヘ」
 7〜8cmの稚魚だったが、今までそのために川越や嵐山や群馬県まで時間をかけて行っていたことを考えると実に、実に喜びがこみ上げてくるのだった。なんせそこは家から20分の場所だ。
 わたしはIXL(イクセル)のための試走の途中であることもすっかり忘れ、そのままオイカワ釣りに2時間興じた。餌釣り師にいじめられているせいか、かなりスレた魚たちで、フライのそばまでダッシュはしてくるのだがニセものだとすぐに見切って水底に引き返してゆく。わたしはますます熱くなった。しつこく動き回り、老眼と戦いながらティペット(先糸)を変えフライを変えてしてはロッドを振った。しかしとうとう2匹目のオイカワを手にすることはできなかった。
 鬼の形相にでもなっていたのだろうか、遊歩道を行く人が皆聞いてきた。
「真剣にやってるだすなあ、何が釣れるんだすか?」
 わたしは少し我に帰り答えた。
「あいや〜、あまり広めたくないんですけどね、ここだけの話ですよ、養魚場から流れ出した虹マスがたま〜にね」
「あいや〜、こんなところで? そりゃまた灯台元暗しだすなあ!」
 明日以降、この辺は釣り人でごった返すに違いなかった。クックックッである。知〜らない!

「色々な意味で実に盲点だったなあ。アウトドア好きがマンション暮らしもないよなあ。魚もいるし、この辺に住むのも悪くないなあ。少し考えてみようかなあ。猫たちのためにもいいだろうしなあ。そうなると“灯台元暮らし”でもあるなあ」
 少し大きな家に越せば娘ももう一度帰ってくるかもしれない、わたしは老人のように妄想し、しまいには土手にへたりこんでボンヤリと1時間程水面を見てすごした。ライズは不規則な間隔で続いていた。人生における“喜びの時”の不規則さと同じだ。
 今日の走行距離たったの24Km。撮った写真たったの2枚。




            




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