ジプシーは蓑虫であり、寅さんでもあった
07年4月20日(金)  「 トランクひとつの生活 」

 娘の交通事故という一大事から、やがて2ヶ月が経とうとしている。おかげで3月・4月は野で遊ぶこともなく、このフィールドノートもただの日誌のようになってしまった。「世の中は何が起こるかわからない 」というのを身をもって体験させてもらったが、同時に多くの方々からありがたいお見舞いの言葉をいただき心から感謝している。ありがとうございました。お返しと言ってはなんだが、これからはもっと気合を入れた企画で遊びますので許して!

 明後日(22日)、娘がいよいよ退院することになった。が、治った訳ではない。右足にはまだ体重をかけることすらできないし、骨はまだぜんぜん繋がって(くっついて)はいないのだ。親としては大事をとってもっと入院していて欲しいのだが、病院にとっては患者は増えるしベッド数に限りはあるしで、容体の安定した人は速やかに自宅療養・通院に移行していただきたいということなのであろう。そして何にもまして、本人の精神状態が限界に達しているらしい。1日でも、1時間でも、1秒でも早く病院を出たいのだ。心情は痛いほどわかる。当初の退院予定日を本人が交渉して2日早めた。
 となるとだ……、娘のマンションは既にひき払ってしまったし、介護も必要となれば結局またわたしたち(両親)としばらくは同居ということになる。しかもベッドでなければ生活できないのだという。さあ大変だ、今日中に彼女のために1部屋を完全に空けなければならない。妻とわたしは一大決心をした。
「これはいい機会かもしれないわねえ。身のまわりのものを最小限にして、あとは思い切りよく全部捨ててしまいましょうよ。トランクひとつ、身ひとつのライフスタイルを目指しましょ。これから先、もうお互いそう長くはないんだし……いつ何があってもいいようになるべく身軽にしておきましょうよ」
「そうだなあ、トランクひとつの生活かあ、かっこいいなあ」
「ね、ね! だしょう(でしょう)!」
「ジプシーみたいだなあ」
「だしょう! わたしはジプシークイーンってとこかしら? フフフ」
「…………」

 ピアノ、タンス3個、藤の鏡台とチェスト、机、食器棚、本棚、全ての布団、衣類は45リットルのビニール袋12個分、本、オーディオ、パソコン……etc、捨てに捨てたり。火事場の便所(焼け糞)である。粗大ごみ券代が実に惜しい。クタクタ・ボロボロになり、なんとかベッドを部屋に入れて娘を迎える準備が整ったのは夜の12時であった。
「こうしてみると、人生は“ゴミとの同居”って感じがするなあ」
「もう新しく何かを買うのはやめましょうね」
「そうだな、ジプシーだもんな。ほんとに大型トランクをひとつずつ買って、ここでホテル生活みたいにすっか?」
「買わない買わない! それもいらんわい!」
「布団は? 全部捨てちゃったぞ」
「いいよ、どうせ買っても馬鹿猫どもがまたすぐにオシッコしちゃうから当分いらないよ。私も今夜から寝袋にする。もう寒くないし、パパを真似て(参照:某月某日某所某笑:蓑虫オヤジ)“蓑虫オババ”になるわよ」
「蓑虫のまま死ぬんだなあ、おれたちは……ジプシーだもんなあ」
「そうねえ……私は蝶になりたかったわあ……なんちゃって!」
「蛾だろ!……なんちゃってね!」
 ジプシーは何時いかなる場所でも明るくなければならないのだった。
 
 ジプシー計画の最後の、そして最大の難関はわたしの部屋なのである。使いもしないものを捨てきれずに“ゴミ屋敷”化しているのだ。大量の古いレコード類、デジタル・アナログの写真器材、がらくたパソコン類、釣り用具、キャンプ用具、音楽制作機材、楽器類……。そうそう、中でも1番の大物は夜でも歌の録音ができるようにと作ったボーカルブースだ。わたしの座る場所は半畳ぐらいしかない。お手上げ状態だ。
「あなたが急死したら、この部屋を整理するのは私なのだろうか?」
「殺すなよ、まあしかしあなたしかいないねえ」
「何いってるのよ! ジプシーになるんだしょう? 明日から少しずつでも整理してちょうだい。トランクひとつの生活を……トランクひとつの生活に……トランクひとつの……トランクひとつの………………?????????」
 あんまり妻がトランクひとつの……と言うものだから、ライフスタイルの構想が“ジプシーの生活”から“フーテンの寅さんの生活”に変わってしまいそうだ。
「さくら! ジプシーって知ってるか? ハイシーでもビタミンシーでもねえんだぞ〜! わかるか、さくら〜」




  




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