黒鯛

成長によって呼び名が変わる出世魚でもある。関東ではチンチン-カイズ-クロダイと変わり、関西ではババタレ-チヌ-オオスケとなる。
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09年09月07日(月)「チンチン釣り」

 久しぶりに娘と釣りに出かけることにした。片貝漁港のテトラで伊勢海老が揚がっていると聞いたし、知り合いから“よく釣れる仕掛け”をもらってもいたので試してみたかったからだ。しかし堤防にはトイレが無い。釣具屋のトイレまで歩くと30分もかかる。女子同伴にはそこがチトきつい。子供ならいざ知らず、いくらアウトドア慣れしているといっても「その辺でちょこちょこっと」てな訳にはいかない。
「わたくし、テトラの陰でまたがってやりますわよ」と娘は言うけれど、テトラの陰にこそ伊勢海老に目の色を変えた男供がいっぱいである。
「みんな海老に狂っているから、小便女なんかには目もくれませんわよ」と娘は舐めたことを言ったが、駄目だダメだ計画変更! 男にとって海老と女の尻はまた別物なのである。
 で結局……お手軽釣場の“白子町ポンド”(勝手にそう呼んでいる)に向かうことになった。「私も行く」と娘が言いだした時から、こうなる運命だったのだろうか。ちょっと腰くだけだが、そんな気持ちを感づかれようものなら2度と遊んではもらえなくなるので、わたしは「運命を楽しむ気持ち」(大げさだなあ)に切り替えてとりあえず笑うことにした。アハハてなもんだ。なあに、小物および稚魚ばかりの水溜まりだが、ハゼがもう12〜13Cmにはなっているはずである。

 ポンドは淵際までアオサが繁り、砂地はまるで見えなくなってしまっていた。砂底すれすれに餌を流して探ってゆくハゼ釣りにとって、これは致命的な状況である。餌はアオサに引っかかり止まってしまう。するとダボハゼと蟹がつついて遊ぶのである。蟹が釣れると女子供は喜ぶけれど、自慢にはならない。
 それでも上げ潮のはじめにハゼが5匹釣れた。サイズは12Cm前後。通りがかりのジモピー(地元の人)に言わせれば「まだましな方」らしい。水質は悪くないが、生活排水のせいで富栄養化が進んでしまったのだろう。1度台風か何かで底から洗われた方がいいのかも知れない。どこもかしこも釣り場は日増しに荒れてゆく。テンプラサイズは10月からが本番だそうだ。

 陽がだいぶ傾き満潮が近づいた頃、わたしと娘のウキがほぼ同時に消し込んだ。あきらかにハゼではない。大物でないことはその“引き”でわかったが、細長い魚のピクピクではなく丸い魚のビクビクだ。
 思った通りそれはチンチン(黒鯛の稚魚)であった。15Cm程度のリリースサイズではあるが久し振りのアタリに娘は「イエーイ」と歓声をあげた。
 海の釣りはまさしく潮時である。5時間ねばっても釣れる時間は10分なんてことがザラである。娘は俄然奮い立ち、竿をかついでまだ今日釣っていない場所へ移動していった。釣っているのは我々2人だけだ。場所は取り放題である。
 蒼黒い暮色の中で娘の竿が何度か立った。人の釣果は実に気になるので、30m離れていても見えるのだ。
「何?」
「チンチン!」
「でかい?」
「小さい!」
 そんな会話を4〜5回繰り返した。犬の散歩人(新語?)たちがヘラヘラ笑いながら通り過ぎて行った。すっかり陽は落ち、チンチンのアタリもまったく無くなってしまった。ポンドの水面はボラのモジリで埋め尽くされている。時々50Cm超の銀色が跳ねる。
「ボラ釣りの仕掛けは完成したのか?」
「もうすぐだ」
 もうこの際、食えない魚でもいいからとにかくデカい魚を釣りたい一心なのである。フライでボラを釣らせてやると娘に約束したのが、もう去年の話だ。
「ちゃんとやってるのか? 釣りはライフワークなんだろ?」
「やってるよ。今は鮎針を使ったヤツを色々考えているんだよ」
 冬の利根川のボラ漁に赤い羽のバケを使ったものがあるが、それにヒントを得たフライを製作中なのである。ただ……“食わせ”ではなく“スレ(引っ掛け)”目的というのが若干わたしを躊躇させてはいる。

「ほぼ完成なのか?」
「ほぼな」
「あたしは明後日また休みだけど……試せる?」

 平和である。正しい生き方をしている気分になる。
 持ち帰ったチンチンは飼い猫のラテ君が6匹とも全部食べてしまった。かわいそうなチンチン達。




               




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