タガネとゲンノウ
写真は4月21日に撮ったので晴れてます。
08年4月18日(木)「 タガネとゲンノウ 」

 前日の夕方から降り始めた雨は夜の間も絶え間なく降り続いて、ついにわたしの休日は4連続でブルーデイになってしまった。 アウトドアでの遊びのことを色々書くべき“フィールドノート”がここのところすっかり“家事手伝いノート”になってしまっている。情けない限りだ。
 5時に目が覚めたが起き出すと猫が「餌くれ餌くれ」とうるさいので、寝袋にくるまったまま息を殺してぼんやりと窓から暗灰色の空を見ていた。明るくなってくるにつれ、空から落ちてくる雨粒が見え始めた。きれいだなあ、と眺めため息をついて1時間ほど過ごす。突然、階下から悲痛な叫びが聞こえた。
「パパ〜! 大変! 洪水、洪水!」
 わたしは先日植えた“わたしの桃太郎”に何事か起きたのじゃないかと飛び起きた。洪水という言葉にはちょっと敏感で、もし本当の洪水だったらすぐさまカヌーを組み立てて人命救助を行うというのが夢(?)なのだが、どうもそこまでのことじゃないらしい。

 1階に降りてみて納得した。裏庭が水びたしである。裏庭の土の部分と駐車場のコンクリートの境目をブロックで仕切ってあって、水はけの工夫が何ひとつ施されていないために庭は全面水深5cmほどのプールになってしまっていた。
「ワオ! 虹マスが飼えそうだな」
「何のんきなこと言ってんのよ。道理で塀際がいつもジメジメしてて得体の知れないキノコが生えてたんだわ。ブヨブヨプルプルした耳タブみたいなやつ」
 妻は気持ち悪がっているわりには、謎が解けた喜びからかヘロヘロ笑っている。
「ブロックの腹に穴を開けるか、溝を切れば排水できんじゃねえの?」
「できんのそんなこと? 業者に頼まないとだめかしらね、前に住んでた人は平気だったのかしら、お庭に興味が無かったのかしら」
「ちょろいもんですぜ、あっしにまかしておくんなさいおかみさん」
 わたしは面白そうなことを見つけると相手の話も聞かず勝手に動き出すたちなので、雨の中に妻をおいて2階に駆けあがった。どうせ暇なのである。“役立つ暇つぶし”なら最高じゃないか。わたしの脳裏にはタガネとゲンノウが浮かんでいた。

 大学は美大の油絵科だったが必修科目で彫刻の授業があった。50cm立方のセメントの塊から確か「足を彫り出しなさい」という課題だったように覚えている。35年ぐらい前だ。わたしは道具箱からタガネとゲンノウを探し出し、懐かしさいっぱいでまじまじと見つめた。ちびて錆びてはいるがまだまだ道具としての威厳は保っている。もう使うことはあるまい、と思いつつも捨て切れずにいたものだ。
 寒い冬の屋外で地面に尻をついて座り込み、コツコツカツカツと足の彫刻を作ったことを思い出した。10日ほどのリミットだったが、非力な女子などは一向に作業がはかどらず、男子が手伝ったりするうちに何組かのカップルが出来たりもした。寒かったが絵に飽きていたせいもあり、専門外の実習は実に楽しかった。そして10日が経ち、教授による現場での採点の日、わたしは人生及び芸術の仕組みというものに開眼することになる。
 わたしの作品を含め、まともな足の形をしたものはほとんど及第点の70点であった。及第点であれば文句は無いし、まあそれで十分満足すべきなのだろうが、大根足だってあるしゴボウ足だってある。なにも全部おしなべて70点にしなくったってよさそうなものである。しかしだ、そんな中で95点という高得点(?)を得た作品が1点だけ出現したのである。(※注…作品採点に100点というのは無い決まりになっていたので95点は実質満点である)
 それは一見失敗作であった。あえてそうしたとは考え辛かった。及第点がもらえず再提出になるかもしれないと皆心配(同情)していた作品だったのだ。力が入り過ぎたのか手がすべったのかは分からなかったが、その足は足本体から指がすべて無残にもげていたのである。足本体も削り過ぎて自立できず、支柱にしばってあった。そして指を…その指も5本じゃなくて最終的には10個ぐらいに分解していた…几帳面に、そして申し訳なさそうに足の形に並べてあったのである。わかりやすく例えるなら、発掘された骸骨の足の骨のようであった。「可か不可か可か不可か可か不可か」わたしたちは早口言葉のようにつぶやき、固唾をのんで採点を待った。教授はジッと見つめてわざとらしく間をあけ、思わせぶりに手帳に何かを書きつけるしぐさなどをして言った。
「面白いダすねえ、天才的ダすねえ、こ〜れはいい作品になったダすねえ」
 わたしは目が覚める思いがした。こういうのがいいんだ……。
 それ以来である。他人がやらないこと、考えつかないようなこと、裏をかくこと、とにかく他人と違う着眼点……そんなことばかりを追い求めるようになったのは。いいことか、悪いことかは未だに分からない。

 現在にいたるまで画家、歌手、作曲家、作詞家、先生、ビジネスマン、ディレクター、スカウトマン、運転手、警備員、看板屋、土方、解体屋等様々な職業を経験したので(?)、タガネとゲンノウでブロックに溝を切ることなど屁でもない。15分ほどでジャージャーと水が流れ出し、得体のしれないキノコが多量にプカピカと浮かんで道路脇の側溝へ消えていった。妻は「キノコが、キノコが……ウッシッシ〜」と笑いが止まらない。
 次の晴れた日に、このブロックの溝にエンビパイプを埋め込んでセメントで固め、我が庭の排水設備を完成させなければならない。
「“なんでも屋さん”をやったら?」
 妻は世の中をなめたことを言ったが、“器用貧乏”という屋号で手軽な「お手伝い屋さん」なら意外性があって案外繁盛するかもしれない、などと又普通の人が考えないようなことを考えてしまった。




              




mk

ずいぶんチビたタガネです

適当、適当!

何にでも興味津々である

妻は日当を出してはくれない
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