“ドヤ顔”の犬って可愛くねえなあ!
2011年2月24日(木)「 空のお手柄 」

 ビーグル犬の嗅覚は普通の犬の数倍あって、成田空港では麻薬犬として大活躍している。
「じゃあ警察犬はシェパードじゃなくてビーグルにすればいいじゃん」とか「食い意地が張ってるだけじゃないの?」とか野暮なことは言いっこ無しだ。陽気すぎるとか猪突猛進型性格とか、格闘は苦手(かも)とか、集中力が無いとかいろいろある訳よ。

 散歩コースの野球場でリードを外してフリーにしてやると、空(犬)は勝手気ままに走りまわり、やがて端の芝生が伸び放題になっている所で小便なぞをしながらくつろぐ。わたしはそれをわざと無視して70mぐらい離れ、おもむろにビスケットを右手に持ち「来い!」と叫ぶ。すると彼は猛ダッシュで走ってきてそれを頬ばる。これを10回ほどくりかえすと実にいい運動になるのだ。
 ところが今日はちょっと様子が最初から変だったのである。気になることがある様子で落ち着かない。そして何回目かのダッシュをこなした後、彼は突然あらぬ方向に走りだした。前方に白いボールがあった。サッカーボールのようである。わたしは納得した。彼の大好きなものなのだ。

 しかしそれはサッカーボールではなかった。なんと薄いクリーム色の猫だったのである。わたしは身震いした。猫との格闘になれば当然鋭い爪をもった猫の勝ちであり大怪我をする。仮にそうならなくても猟犬はどこまでも獲物を追いかけるから、結果行方不明……、そういったビーグルの前例を山ほど聞いていたのだ。わたしは困惑し、同時に腹立たしさを覚えて舌打ちした。
「ちくしょう、ソラ〜、止まれ、待てこら〜! ビスケット、ビスケット! てめえ、こら、ぶっ殺すぞ〜!」
 ところがである。猫は応戦するどころか逃げるそぶりも見せない。空があまりにしつこいので、やっと背中の毛を逆立て移動し始めたのだが、1mほどの円を描きながらぐるぐると回るだけなのだ。わたしはハッとした。どうやら目がまったく見えていないようだった。

 はしゃぎまわる空を殴りつけてリードを装着し、しばし猫の頭をなで続けた。盲目の猫を捨てる奴の身勝手な事情など想像したくもなかったが、世の中には有り得ることだ。わたしも飼っていた猫を捨てたことがある。自責の記憶も重なり、わたしは小学生でもあるまいに辛くて辛くてその場を離れらず、犬に八当たりした。
「おまえが見つけるからいけないんだぞ!」
 カラスが数羽で様子をうかがっている。そしてその段階でわたしにできることは、その猫を屋根付きのベンチの下に押しこみ、カラスの攻撃から守ってやるぐらいしかなかったのである。

 
 2時間の散歩を終えてまた野球場の脇を歩いた時、空が1点に顔を向け鼻をひくつかせた。
「猫はさっきの場所にまだ居るぞ、おやじ!」と言っているに違いなく、わたしの決断を催促しているようだった。
「4匹も5匹もいっしょやで。助けたらなあかん。後悔の種を撒かん人生を送ろう言うて今のあんさんがあるんやなかったんか? 迷うたらあかんで!」
 空は1歳になったばかりなのに、ずいぶん大人びたことを言った。なんで関西弁なのかはよくわからない。

 ケージに押しこんで、わたしは猫を連れ帰った。空は自分より新参者ができたので大喜びである。序列がひとつ上がるのだろう。しかし空は子分を持つことはかなわなかった。首輪に有ったタグから、あっさりと飼い主の電話番号が分かり、1時間後にはこれまたあっさり飼い主に引き取られていったのである。用足しに庭に出た後、雨音で方向の判断ができなくなって迷子になったようだった。ご主人の胸に抱かれてチロは初めて声をだし安堵の表情を見せた。捨てられたのじゃなかったことがわかり、そして医者代と餌代の心配が消え、わたしも安堵の表情になった。
 安心したせいか(まったく現金なやつだ)、急に空を誉めたくなってしまった。
「空くん、お手柄、お手柄! よくやった、よくやったなあ」
「オッサン! 名誉よりオヤツやがな。そんなんや今どきの若いもんはみんな動かへん、覚えときや!」

 空くんは犬のくせに現代っ子で、どんどんわたしを超えてゆくのだ。




                




mk
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半径1mの円を描くだけだ

金銀目猫と似ている

チロはおとなしい性格

ドヤ顔してませんから
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