「 サイボーグ 」

 どのような感覚で、どのように考え、どのように納得すればあのように“そっくりの絵”が描けるのか、とわたしは逆に興味を抱いてしまった。いまさら他人の絵をパクらなくても和田義彦氏は東京芸大出の一流の実力者だ。一連の“そっくりの絵”たちがなくても、既に十分な社会的な地位と財を築いていたはずなのだ。1号(だいたいハガキ2枚ぐらいの大きさ)の価格が100万円らしいのに、それ以上に何が欲しかったのだろう。
 ちょっと美術をかじったことがある人ならお分かりかも知れないが、そもそも東京芸術大学出身というだけものすごい事なのだ。私立の美大出身者などとは訳がちがう。最近の受験事情にはあまり明るくないが、芸大の油絵科なんて1学年50人しか合格できないのだ。他の美大の油絵科が何100人も合格するのに比べるとそのすごさが解るだろう。しかも東京芸大に落ちた人たちがだいたいは私大に入る訳だからなおさらである。わたしが受験していた頃は競争率が120倍ぐらいだっただろうか。とにかく美術を志す輩は皆そこを目指す。受かるはずが無い、と最初から受験する気にもならない人の数も入れるとものすごい裾野の広さだが、まあ芸大はその頂点であるわけである。だから何年かけても入りたいという人もいる訳で、わたしの先生(予備校時代の)などは8浪して入学した。逆に芸大に入れないんじゃもう画家として意味無し、と絵を止めてしまう人間も多い。そして和田さんはそんな芸大出身者の中でも特に売っ子作家だったのだ。何を望んでいたのだろう。

 盗作を認めるつもりは毛頭無いが、少しだけ同情できる部分が無いわけでもない。ものを作る立場にある人は常に苦悩している。優秀であればあるだけなおさらである。次々に前作を越えていかなければならないプレッシャーは普通の人にはわからない。わたしももちろん普通の人だという前提で言うが、若い頃に少し音楽で飯を食っていた経験から彼の状況を推察してみた。ビッグではなかったのでそれほどの重圧はなかったが、しかしそれでもレコード会社の新曲制作ミーティングの日は行きたくなくて行きたくなくてしかたがなかったものだ。何曲か新曲を作って持って行き、それをディレクターやマネージャーや担当の宣伝マンを交えて聴き、ああでもない、こうでもないと話し合う訳である。
「いい曲だけど、ちょっと今の流行に合わないなあ」
「じっくり聴かせる歌より、とりあえずパッと派手な方がいいんじゃないの?」
「売れてしまえば、その後で好きなことはいくらでもできるんだからさあ、意地を張らないでもう少し歌謡曲っぽくキャッチーにならない?」
「アメリカでは今○○の曲が新しいのね、半年後には○○も日本で売れるはずだから、その辺にターゲットを絞って、○○に似た曲を作ってみない? 好き嫌いはとりあえず置いといてさ、売れなきゃ始まらないもの。アレンジなんてそっくりにしてもらうし、丸々パクる訳じゃないんだしかまわないよ。歌謡曲の方はみんなほとんどそうななんだからさあ」
 まあ、そこまであからさまではなくてもそんな会話は日常茶飯事だったのだ。かくして盗作ギリギリの日本歌謡が生まれ続けた。80年代以降はこの傾向が強い。
 もともと真似は上手だったので雰囲気ソックリの曲を作るのにまったく苦労は感じなかった。心の片隅で「解る人にはネタがバレてるんだろうなあ、そういう人は馬鹿にしてるんだろうなあ、アーチストとして恥ずかしいことだなあ」と感じながら、1度だけ“ホール&オーツ”にソックリの曲をリリースした。ニューシングルとなるとあちこちで必ず歌う訳だから、わたしはその度に嫌な気分に陥り不愉快だった。音楽の事をよく解っている人にこそ小林倫博の曲は評価して欲しいと思っていたので、まあ売れもしなかったが評論家の人たちに「小林がつまらなくなった」的なことを言われた時のショックはかなりのものだった。以来、人真似や流行を追いかけることを止めてしまった。最終的な結果として歌手自体を止めて引退することになってしまったけれど、アーチストとして気分は悪くなかった。
 当時仲の良かったKさんやHさんは売れているアーチストだったが、ヒット曲の次の作品がが出来なくてノイローゼ気味になり、精神科に入院したりもしていたらしい。わたしは複雑な気分で彼らのことを心配したが、かくもプロの世界でものを作り続けるということは大変な事なのである。

 そういう訳でわたし個人としては多少和田氏の心情は理解できるし同情もしてあげられるけれど、すべての根底にあるのは彼自身の中にある欲であることを考えると「天罰下っていたしかた無し」の心境ではある。テレビなどでは何故か人のよさそうな氏の顔ばかりが出ているが、今回の事件が発覚する前にWeb等で公開されていた「自作品の前で政治家や有力者と一緒に撮った写真」の中の和田氏の顔は、ヒューザーの社長と本当によく似ている。
 時代が産み出した傲慢・強欲のサイボーグだ。



 
            





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