「 観光  」     05年 03月29日(火)

 昔、あるアレンジャーの家に行き、新曲の編曲について打ち合わせをしていると、奥の部屋から若い男が足音を忍ばすようにして出てきて廊下を歩き、音も立てずにドアを開けて玄関から出ていく……、というシーンに遭遇した。奇怪な奴! と若かったわたしは思わずいきり立った(?)が、ディレクターがそっとわたしの横腹をつついた。そして目くばせをしながら小刻みに首を横に振っているのを見て、わたしにもやっと状況がつかめた。
 かねてから男色の噂があるそのアレンジャーだったのだが、わたしはあらためて間近にその世界を覗き見て「ホモの連中はコソコソしなきゃいかんので大変だなあ」と何ともトンチンカンな感想を抱いたものだ。
 愛の形は自由なのでわたし自身はどんなものにもまったく抵抗はない。
 36歳の元同僚オカピーと今日も男同士で遊んでしまったわたしであるが、もちろんホモではない。心の広い良く出来た男が、元上司だというだけの理由で“遊んでくれている”訳である。ただ、双方の妻たちは最近妙な疑いを抱いている節もあって困ったもんだ、手も握ったこともないのに。

 天気予報では、今日はこの春一番の暖かい日になるとのことだったので、荒川土手をバイクでツーリングし、入間川と越辺(おっぺ)川の分岐点にある堰堤(フィールドノート2004「堰堤」参照)で釣りをしながらのんびりビールでも飲もうや、ということになった。
 ところが、である。空には暗雲が立ち込め、寒風吹きすさび、時折小雨まで落ちてきた。目的地では強引に持参の飯だけは食らったが、缶ビールのプルトップに指をかけることも、ましてや釣り竿を出す気になど到底なれず、急遽予定を変更することにした。
 オカピーがまだ一度も行ったことがないというので埼玉の小江戸「川越」を観光することにしたのだ。トホホな気分であるはずなのに「観光」という言葉に少し浮かれてアハアハな気分になり、なんとなく合わせてトハトハってなもんである。変わり身は二人ともすこぶる早い。

「観光」というのはやっぱり団体バスで行って、旗を持ったバスガイドさんの後に付いて歩き、名所旧跡の解説を聞きながらたまにガイドさんと写真を撮ったりダジャレを言いあったりするというサイケデリックさが正統派なのだろうなあ……などといった馬鹿なことを男2人語りながらうろつき回る。
 由緒正しき寺社仏閣も視覚の片隅にチラチラ入っては来たが、今日はその辺は見るのをやめておこう、ということにした。理由も時間もない。
 メインストリートを端から端まで片サイドずつじっくり見ながら一往復歩くことにした。古い蔵造りの家を移築して両サイドに並べ、強引に人集めのために作った飲食及び土産物通りである。天候にもかかわらず人通りは多い。商売繁盛で結構なことである。
「“きれいごとだけじゃ町の歴史と未来は守れないんですよ〜ダ!”と言わんばかりの実に青年商工会議所的発想の通りだな」などと言いながら歩く。
 オカピーは「はいそうですね〜」とわたしを適当にあしらいながら、好き勝手に刃物屋などを覗いている。関西人は風だ。
 川越は“ムラサキ芋”を売りにしているので、そこら中に“ムラサキ”の文字が有り、自ずと眼に入る。わたしは鹿児島の生まれ育ちなので、普通の人の一生分のサツマイモをすでに餓鬼の頃食べてしまっているので、芋はもういい。ムラサキ芋だって鹿児島には35年ぐらい前にすでにあった。
「ムラサキ芋そば、ムラサキ芋うどん、ムラサキ芋饅頭、ムラサキ芋パン、ムラサキ芋ワイン? ワインって葡萄酒だろう!……え〜い! 他の食い物はねえのか〜! 違う色はねえのか! 紫の補色は黄色だぞ、黄色ラーメンってのはね〜のか!」
「まあ、まあ小林さん、小林さん! ラーメンは初めっから黄色でんがな!」
 オカピーと「ボケ&ツッコミごっこ」をしながら往路をゆく。

 復路、「豆屋」で数種類の豆をさんざん試食した後、¥270の黒大豆の炒り豆を買う。おばさんに嫌な顔をされる。その後、本日の唯一の目的らしい目的地「韓国風焼き鳥屋」に入る。わたしと妻はしょっちゅう来ているので、その味は折り紙付きだ。
「ダ・パンプの誰々(忘れた)も来たんだよ〜」と店のおばさんが言った。あまりの旨さに写真が手ブレする。“ねぎま”に韓国辛味噌を付けて食べるのだ。1本¥120、一人3本ずつ食す、つつましいでしょう? 
 焼き鳥屋を出て「漬物屋」でまたまた試食。数種類の漬物をああでもない、こうでもないと言いながら品評す。
「このヤマイモの柴漬け風味のやつが一番うまいですね」などと言いながら買わない。でもさすがに悪いと思ったのか、オカピーが奥さん用にたくあんを土産に買う。渋い選択である、定番である。
 最後は「駄菓子屋横丁」だ。ビッグなフガシが有名だが、それには目もくれずタイ焼きを買う。ムラサキ芋あんこ入りだ。
「小林さん、芋入りですぜ! いいんですかい?」「いーもン、芋ーン」最低ランクのオヤジギャグだ。

 かくして「小江戸捜査網」は終わった。我が家に戻り、妻を交えて手巻き寿司を食べていた折り「今日は埼玉の小京都、川越に行ってきましたがな」とオカピーが妻に言った。
 小京都? その程度の怪しい「観光」であった。
 今度「川越はどこもムラサキ」と言う曲を書こうかな。




             





♪ア〜ア、ア〜ア♪川越はどこも♪
 む・ら・さ〜き〜
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