「 がってん寿司 」

 小学館のアウトドア雑誌「ビーパル」に投稿していた頃、文章が採用になるとそれなりの額の原稿料が郵便為替で送られてきた。だいたい¥5000から¥10000ぐらいのものだ。800字原稿だから1文字¥10と考えると結構オイシイ。それ以外にも「○○エッセイコンテスト」とか「宮本輝が選ぶ○○エッセイ」とか手当たり次第出した公募の賞金、さらに本が出たりするとまたまたそれなりの額の印税が振り込まれたりした。こちらもだいたい¥10000から¥30000ぐらいのものである。
 わたしは常日頃、妻には大変お世話になっているので、これらの謝礼は全て妻にあげることにしていた。貯めておいて何か自分の欲しいものを買うようにと言うのだけど、それらはほとんど家族での飲み食いに消え、外食産業を肥え太らすことに貢献したのだった。わたし同様、妻もあまり欲が無い。

 で、突然だけど話は回転寿司に飛ぶ。
 作文謝礼が入ると決まって川口市にある「びっくり寿司」に行った。混んではいるがネタが良くてなかなかになかなかなのだ。侮れないのだ、その名の通りびっくりしてしまう。どれだけ食べてもたかが3人家族、金の心配はないし、なんとなく店内のにぎにぎしさが作文賞金祝いの席のようでもあり、一時ではあっても幸せな気分になれたものだ。
 回転寿司のはしりは「元録寿司」だっただろうか、30年ぐらい前にはもう記憶があるような気がする。一皿100円の安さを「売り」にしていた時代には、味の方も「それなり」だったのだけど、今は当然そういう事はない。
 テレビなどで特集を組んで、全国規模で旨い回転寿司を紹介するようになったから、回転寿司の社会的地位もぐっとあがり、数も増えた。実際にバイク旅をしていると、どの町にも回転寿司街道みたいな場所があって、少なくても2・3軒、実際によく通る14号線・船橋近辺では5・6軒の回転寿司屋が50mおきぐらいに並んでいる程だ。
 店の名前も興味深い。「大阪寿司」「江戸前寿司」「銚子丸」「元気寿司」「かっぱ寿司」「くるくる寿司」「お盆寿司」etc挙げればきりがない。そのまま名前でわかるものはいい。大阪、江戸前はまあ当たり前として、元気寿司は元気がでるのだろうし、かっぱ寿司は河童が握ってくれるのだろう。その辺は想像がつく。
 しかしだ、前々から「がってん寿司」という名の回転寿司だけは合点がいかなかったのだ。どうしてなんだろう? なんでなんだろう? 店を見かける度に疑問に感じていたのだ。埼玉、千葉、群馬などに多い。
 で、ある日、カブで秩父に向かう途中にちょうど腹もへっていたし、長年の疑問を今日こそ解き明かそう、場合によっては店の人に店名の由来を聞いてみようぞ、という意気込みで入ったのだった。
 昼食時を外れていたので、客はわたし一人だった。よって回転寿司だがほとんど寿司は回っていない。いちいち頼まなければならないわけである。
「いらっしゃいませ〜! 今の時間は回ってませんからね、お好きなものをおっしゃってくださいね」なかなか気持ちのいい威勢の良さだ。
 わたしは湯飲みに茶パックを入れ、湯を注ぎながら店内を見回した。やっぱりわからない。店名の由来の説明書きなどは無い。わたしは“しょうがないなあ、出る時にでもあの気の良さそうなお姉チャンに聞いてみるか”などと思いながら、とりあえず注文することにした。
「とりあえず……いわし2枚と海老汁をお願いします」
 長年抱いていた疑問は、次の瞬間にあっけなく解明した。
「がってん承知! いわし2枚と海老汁一丁!」オヤジが叫んだ。
「がってん承知! 海老汁一丁!」黄色い声でお姉チャンが叫んだ。
「がってん承知!」
「がってん承知!」
「がってん承知!」
 店のここかしこで叫んでいる。別のお姉チャンも叫ぶ、厨房の奥のお兄チャンも叫ぶ。店の中を“がってん承知”がステレオで飛びまわった。

 バイク旅の途中ではなるべく「腹七分」ぐらいにしておこうと決めていたのに、つい「がってん承知」聞きたさに15皿も食ってしまった。
 レジに立つと、海老汁お姉チャンがニコニコ顔で「税込み¥2047です」と言った。わたしはニヤニヤと笑顔を返しながら¥2100出し、ここぞとばかりに返した。
「がってん承知! つりはいいぜ!」
 海老汁お姉チャンの目が点になるのを見て、わたしはそそくさと逃げた。

 その後しばらくの間、我が家で「がってん承知!」が流行ったのは言うまでもない。そうそう、肝心なことを忘れていた。利根川及び荒川上流付近の“がってん寿司”では、最盛期に期間限定で「ボラ寿司」を出してくれるのだけど、これは珍味だ。興味のある方は是非足を運んでみてください。




              





某月某日某所某笑
がってん寿司