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「 エキストラ・エトセトラ 」

 レコード会社とのアーチスト契約が切れてフリーになった後、わたしはちょっと“フヌケ”てしまっていた。少しまとまった金を退職金かわりにもらったので半年ぐらいは家にいて今後の身の振り方をゆっくり思案しよう、と考えた訳である。フォーライフレコードに残ってアシスタント・ディレクターからやり直さないか、とかソニーに懇意にしてくれる方がいて移籍といった話も無いことはなかったが、丁度30歳になった時期で自分の中にも多少の変化があり、その両方があまり自分にとって魅力的なものには思えなかったのだ。単なる怠け者とも言えるが、少し潜行して変身したかった。そろばんでいう所の「ご破算で願いましては〜」というやつである。一度すべてをリセットしたかった。
 とはいうものの、地元(故郷ではなくて今の埼玉)で小ライブをやったり、商工会議所の口ききで市民ホールでコンサートをやったり、CMの作曲をやったりと、色々な人の世話になりながらなんとか日々をやりすごしていた。小学校のPTAの集まりで音楽についての講演会をやったこともあった。笑止千万である。
 そんなある日、新聞広告の中に「日本エキストラ協会」というのを発見した。そんなもの金にならないのは知っていたし、そんな底辺から役者になったというような前例もないことは知っていたが、わたしは退屈しのぎに申し込んでしまった。
 ほとんど前日に「明日何時にどこどこに来てください」と協会から電話がきた。仕事はとにかくたくさんあって、その気になれば毎日仕事はあったのだがいかんせんギャラは安くて1本¥3000円ぐらいである。うまくやりくりしても1日2本が限度である。そのくせ拘束時間は笑ってしまうぐらい長くて、たとえば人生にはっきりと目標を持った人などから見れば、ほとんど待ち時間といえるその職業は「無駄」以外のなにものでもないことだろう 。
 しかし当の本人にとってはまんざらでもなく、単に通行人の役でも「出」のタイミングなどにはちょっと深いものがあり、それなりに興味を引かれる部分もあったのだ。コスプレ趣味はまったく無いが警察官や鑑識官になったり、白衣の医者になって看護婦といっしょに歩いたり、そのドラマごとに遊べるのはちょっと面白いことではあった。凝った仮装大会気分である。
 エキストラ1筋10何年という強者たちも何人かいて、悲喜こもごもの経験談や自慢話を待ち時間にいやになるぐらい聞かされたが、腹の底から笑える話はあまり多くなかった。ごまめの歯ぎしりに明日はないのだ。
「中肉中背のあんたの体型が一番エキストラにいいのだすよ。時代劇でも現代劇でも何でもこなせるだす。ここはひとつ一生をかけてエキストラのプロを目指したらどうだすか? うまくすれば台詞のひとつやふたつはもらえるようになるだすよ、そうなればシメたもんだすよ」
 わたしは何がシメたものなのか理解できなかった。

 秋吉久美子、古手川裕子、桃井かおり、中野良子、三国連太郎、藤岡弘などの前後を風のように歩いた。エキストラは空気であり、それ以上でもなくそれ以下でもない。かつてテレビドラマの音楽プロデューサーをした折り、中野良子さんとは面識があったが、(当たり前だが)彼女に気付かれることもなくわたしは空気を演じた。元々“極めて普通の人”なので空気だろうが水だろうが、草木だろうが目立たない事は得意中の得意だ。
 結局1ヶ月半ほどやって、協会に入る時払った¥30000の登録料も元を取ったし、30回ほど空気になった段階で飽きてしまった。所詮空気は空気だ。空気で食う気にはなれなかった。係わったドラマのオンエアも何度か見たが「エキストラ 今か今かと待って1秒」わたしは1句詠んで筆を置いた。
 ちょっとだけ残念に思うのは、ちょうどその時期黒沢明監督が「影武者」を撮っていて、仲間から「富士の裾野に行こうよ、行こうよ」と誘われていたのだが、友人である榎木孝明が渡辺謙(白血病になってしまったのだ)に代わって主役になったりしていたので、その回りで空気になるのはちょっとみじめな気分がして辞退した。とまあそんなくだらない理由で富士の裾野には行かなかった訳なのだが、今思うと足軽の格好なんて滅多にできないし写真1枚残すためにだけでも参加しておけばよかったかなあ、と変な後悔をしている。そんな写真を残したら末代までの恥にはなりそうだが、実に似合いそうではある。フンドシなんかキリリとしめて竹槍なんか構えた日にゃ〜、そりゃあもうあんた、ホンマモンでっせ。
「ほらほら、これが曾オジイチャンですってよ〜!」
「なんか変だよ、時代が変だよ、裏に昭和って書いてあるよ」
「曾オジイチャンは変人だったのよ」
「そうだったのか〜」
 そういう風になると面白かったのになあ、と今は思う。死んだ後も人を笑わせる絶好のチャンスだったのに。


  
  
               




某月某日某所某笑
エキストラ・エトセトラ