08年4月10日(木)「行け行け勝賢 4」
東日本新人王トーナメントがいよいよ始まった。勝ち抜き戦なので、あたりまえだが負けた時点で終わりである。しかも初戦から強敵である。相手は3戦3勝3KO、優勝候補との噂もある矢島拓也選手である。1度試合を見たことがある(ような気がする…)が、歳の割に冷静なファイトをする選手だ。対戦相手とは体重が同じはずなのに彼の方がひとまわり体が大きく見えた記憶がある。いかにも背筋力がありそうな三角形の上半身からズンとくりだされるパンチは重い。このクラス・このレベルにありがちないわゆる「ヤンチャ坊主的」な軽薄さも無く、まじめにボクシングに取り組んでいる、技を磨いている……といった“荒れないタイプ”の選手だ。面白味は無いが安定した強さがある。ただわたしに言わせれば、動きがほんのちょっと硬いような気がしないでもない。が、それも骨太イメージからくる単なるマイマスの見え方(イメージ)かも知れない。対戦前からわたしは、そんな矢島選手に勝賢が勝つためには“スピード”しか無いと考えていた。フットワークのスピードももちろんだが、パンチにしたって質量+スピード=破壊力だからだ。
うだうだ書いてもしかたない。結果からいうと勝負は「ドロー(引き分け)」であった。1ラウンドでいいパンチをもらってグラッときたときは応援団一同肝を冷やしたが、もつれるにしたがって次第に落ち着き、スピードのある前後左右の動きで相手に的を絞らせず、間々で有効打を相手の上下に入れた。最終的にはその辺がポイントにつながったのだと思う。
勝賢の母親には怒られそうだが、このドローは勝ちに等しい。いや大金星に値するかもしれない。しかもだ、優勢ポイント1点の差があり、2回戦に進むのは勝賢ということになった。優勝候補を退けたのだ。勝賢本人はドローの判定に不服そうであったが、それはすっきり勝ち負けをつけられなかった悔しさだろうと思う。いかにも若者らしい考えだが「結果がすべて」のトーナメントでは、2回戦に進むことこそが「結果」だ。登りつめていく過程には必ずそういう「幸運」も必要になる。
この試合で勝賢の鼻が曲がった。試合後間近でみると粘土彫塑の失敗作のようで、指でつまんでグイと引っ張れば直せる気がしたが殴られそうなのでやめた。いつもは試合後の客席で応援団に愛想を振りまいたりするのだが、今回は顔をアイシングしながらさっきまで自分がいた四角いリングをにらみつけていた。顔と心の腫れを冷やしながらじっとくやしさに耐える姿はなかなかに格好いい。勝賢は腫れて細くなった目で照れながら謝り(ドローだったことを)、わたしは「まあまあだったな」と生意気を言った。
勝賢の父はわたしの上司(誕生日が同じで何かとよくしてもらっている)なので、翌日も職場であのパンチがどうのこうのと話がはずんだ。父親にして「よく勝ち残れた」というのが正直なところらしい。
いろいろな話が聞けて“関係者(?)こその楽しみ”ではある。一方、何にでも「裏」というものがあるのかな? と思わせるちょっと生臭い話もある。
試合後、コミッショナーが勝賢本人、ジムの社長をたずねてきたらしい。そして言ったのだそうだ。
「鼻が曲がるほどの怪我をしていて5月16日の次の試合を本当に戦えるの、本当に大丈夫なの? 君は来年もチャンスがある(新人王はデビュー後2年間資格があるらしい)んだから今年はあんまり無理しなくてもいいんじゃないの?」ってなことだったらしい。
うがった見方をすると、コミッショナーサイドは対戦相手の矢島選手を勝ち進ませたかったのじゃないか……とも取れるのだ。矢島選手は昨年も優勝候補で、順当に勝ち進んでいたのだったが何戦目かで怪我をし泣く泣く戦線を離脱したという事情があったらしい。つまり矢島選手にとっては今年の新人王がラストチャンスだった訳である。コミッショナーの頭の中には、当然最後の西のチャンピオンとの決勝まで“皮算用”ができていたのだろうが、まあ彼(コミッショナー)にとってはしょっ鼻から番狂わせが起こってしまったのであるのかもしれない。しかし勝賢にとっては失礼な話である。
直に話を聞いた訳ではないので何とも言えないが、無い話ではない。あくまで想像の域を出ないし、矢島選手を誹謗するものでも無いので許していただきたい。とにかく、勝賢が2回戦に進んだことが事実・現実である。
よく言われることで今更ではあるけれど、番狂わせも、運も実力のうちである。首の皮1枚どころか、髪の毛1本で勝賢の未来はつながった。
mk