行け行け勝賢 3
07年10月24日(水)「行け行け勝賢 3 」

 上司の息子、洞平勝賢(ほらひら しょうけん)は4回戦ボーイとはいえ、れっきとしたプロボクサーだ。一応関係者(身内?)として生の試合を見るようになって初めてわかったが、ボクシングというのはつくづく大変なスポーツだなあと思う。テレビでピール片手に「行け行け、倒せ、殺せ!」などと無責任に叫びながら観るのとは大違いなのである。いいパンチが当たるとバツ〜ンと信じられないぐらいの大きな音がして、初めて観た時はまずその音に度肝を抜かれた。テレビでは絶対流れない音だ。そしてそんな音がした時はたいがい片方が無残にも失神している。失神した人間はグニャりとした異物のようだ。リングは本当に死ぬかもしれない拳弾の飛び交う戦場である。そしてボクシングはおろか、普通の生活さえ危ぶまれるほどの再起不能の怪我をするのは4回戦や6回戦の選手に多いと聞いた。わたしはこの17歳の少年の「覚悟」と、ボクサーとしての「運」をしばらく見続けることにした。


「え〜!? タダ券をもらって観に行ってるんじゃないんですか?」
 わたしが欠かさず勝賢の試合に足を運んでいることを知って、職場の仲間は不思議そうな顔をした。わたしはそんなにケチそうに見えるのだろうか。身に覚えはまったく無いのだが……。
 さて、今回は「新人王」へ繋がる(かも知れない)大切な4戦目である。しかし、いくら大事な試合でも勝てばいいというだけのものではない。もう絶対に今後の試合は全部観ると決めたわたしにとっては、もちろん勝てば嬉しいにきまっているが、1戦1戦確実に彼の心・技・体が成長して行くのを確認できてこそ満足が得られるというものなのである。まあ、偉そうなことを言ってしまったが、文章のネタにしようという下心と、他人よりちょっと大声が出せるという理由で応援団を買って出た。ただのあざとい、目立ちたがり屋のオヤジではある。ただ、亀田家のことがあった直後だけに、勝っても負けてもスッキリした試合を勝賢には望むのだよワタスは。
 さて、心優しい勝賢君は「試合中に小林さんの声が聞こえたっスよ」などとホストのような殺し文句を言うものだから、わたしは「ケッ! この野郎、ケツの青いうちからオベンチャラ覚えやがって」と思いながらも悪い気はしない。一人ずつでも応援団を増やすべえ……と回りに声がけをするのだ。で今回、歩行訓練(3月にバイク事故で太股骨を複雑骨折した)を兼ねて娘を電車に乗せて連れてゆく。勝賢の母親の「アジア系半狂乱的絶叫声援」をビデオですでに観ていた我が娘は「ちょっと私、ついて行けないわ」などと言っていたのだが、雰囲気に染まりやすい性(たち)なのか次第にエキサイトし、5試合目の勝賢の試合に至っては立ちあがって絶叫また絶叫。足腰のリハビリに大いに精をだした。
「DNAには逆らえないってことだわね。知ってしまったらもうトコトン最後まで応援するっきゃないわねえ、次もチケットよろしく!」とのこと。わたしは今後、娘のことをダナ(DNA)ちゃんと呼ぶことにした。
 そしてもう一人、仕事仲間の高橋明さんも今回ご夫婦で応援に加わった。この人、もと競輪選手という経歴の持ち主で全盛期には相当活躍し、億を稼いだらしい。なにかと話題の多い人で、埼玉県上尾高校野球部時代には甲子園に出場し、そして自分の風貌にまったく不衡りあいなエレガントな奥さんを持っている。が、基本は“ズッコケ派”なので嫌みなところがまったく無い。甲子園は「控え捕手」で出場無しというオチ付きだし、奥さんにいたっては顔を赤らめながら「いやあ、もう、小林さん、それ以上言わないでください、ハイ、そうなんですよ、いつも言われているのでもういいですから、ハイ」と屈託が無い。
 そんな高橋さんはボクシングに関しては「小林さん、TKOってなんですか?」というほどのドシロウトなので、とにかく生ボクシングにいたく感激してしまって色々な行動をとってしまうのである。見ているだけで面白いのでついつい彼の方を覗いてしまい、わたしは試合に集中できなくて困った。第1試合はオープニングにふさわしく(?)4回戦ボーイのデビュー試合だったが、技もパワーもスタミナも無く、4ラウンドに至ってはもうただのシロウトの殴り合いのような展開になってしまった。ところが応援団が異常にはやしたてるものだから両選手は殴られても殴られても倒れず、耐えに耐えて会場に奇妙な感動が生まれてしまったのだ。高橋さんにいたっては涙を流している。ボロボロと大粒の涙を流している。そして結果は……会場全体が望んだ「ドロー」のコールはなく、無情にも僅差で勝敗が決まった。その瞬間であった。高橋さんは立ちあがり、引き上げてくる敗者の選手に走り寄って言った。
「森田さん! 感動しました! これからも無理をしないで体に気をつけて頑張ってください。いやあ、感動しました!」
 当の森田選手は両まぶたをプックリと腫らし、こめかみから一筋の血を流しながら見えているのかそうでないのか分からない目で高橋さんを見上げた。嬉しくて笑っているようにも見えたが、照明が少ない場所だったのでよくは分からない。「無理しないでって言われてもアンタ、ボクシングですからねえ、あの〜、それよりどちら様でしたっけ?」と言いたかったのに違いない。地下の控え室に森田さんを見送った後、高橋明さんは満足気に笑った。
「小林さん! 森田選手はTKOでなくてよかったですよねえ」
 意味も分からんまま言葉を使うな! わたしは頭がこんがらがってしまって何も言えなかった。高橋さんは実に味のある人なのである。

 そうだ、洞平勝賢の試合レポートだった。面倒臭いなあ。冗談、冗談。
 いいパンチを2、3発くらってムキになる場面もあり、ちょっと若さが出てしまった感もあったが、それでも大荒れせず判定勝ち。3勝1負になった。途中相手をグラッとさせるなどパンチ力も向上しているようだ。上下のパンチの繋がりがちょっとだけ良くなった。ただし、試合後に応援団の席に来て愛相を振りまくのはやめた方がいい。あんたは芸能スターじゃないのだ。ボクサーは寡黙にお礼を言えばいいのだ。そっちの方がどれだけ格好イイことか。
 やっぱり面倒臭いなあ、興味のある人は勝賢のオヤジ(わたしの上司)がやってるサイト( http://sigekimisato138.cocolog-nifty.com/blog/ )を見て〜チョウダイッ!




             




mk

大きくなった

左ストレート

パンチが入る

のけぞる

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