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「 役立つヤクザ 」 

「振り込め詐欺」だの「悪徳リフォーム業者」だの、形は変わろうがいつの時代でも騙しのテクニックのパターンは似た部分が多い。つまり人の弱みにつけ込みドサクサに紛れてなけなしの金を巻きあげるというものだ。そして餌食になるのはやさしくて善良な人々と相場がきまっているので心が痛む。
 某月某日、わたしは高倉健のように立ちあがった。

「小林さん、壷をですね、壷を買えって言うんですよ……」
 友人のTM君はボソボソと語り始めた。なぜフルイニシャルなのかというと、元々わたしはTM君の兄のMM君と中学・高校の親友であり、この話には兄も登場するので便宜上両者を分けておく必要があるのだ。
「なんだよそれ、どういうことだよ、壷って?」
「はあ、話せば長くなるんですけど、うち(M家)の家族や親族、先祖や子孫全ての問題や不幸が、ぼくがその壷を買うことで解決されるらしんですよ」TM君は実に真面目な表情で語った。
 今思えば“青春”だなあ、と思う。どこの家にも問題の1つや2つは必ずあるのだ。親族のなかに1人ぐらいはトラブルばかり起こす変人がいるし、ヤサグレや不良もいるものなのだ。しかし悩める若人は若人であるがゆえに悩み、「家族という名の病巣」なんて本を読んでは「自分がなんとかせねば」と思うのであるらしかった。
「それで、壷をどうしようと思うわけ? ……? まさか、もう買っちゃったわけ?」
「実はもう、下の部屋にあるんです」
「え〜!?」
 TM君の部屋はわたしの部屋の下、つまり同じアパートの1階にあった。もとは兄のMM君が住んでいた部屋だ。わたしが以前住んでいたアパートを追い出され、MM君のアパートに移ってきたのだ。その後MM君は見える距離の別の部屋に越し、そのあとに弟が入った訳である。
「で、いくら払ったんだ?」
「値段は……、定価というのは無いらしいのです、つまり将来に渡って色々な問題の完全な解決を望むなら、持っているすべての財産を投げ出しなさいと言われて……70万円でした」
「え〜! な・な・な・70万〜?」
「Y子さんとの結婚資金のつもりで貯めていたんですけど、もういいんです」
「いいわけないだろ! 返してこい、返してこい、か・え・し・て・こ〜い!」
 当時社会的な問題にまでなっていた「壷事件」そのものだった。悩める善良な小市民の心の隙間につけこんで、法外な値段で壷を売りつけ、くだらない精神修養を押しつけた挙げ句に信者として傘下におさめ、ますます縛って搾取して行く。「怪しい宗教団体」の手口そのものだった。
 それから数時間、わたしは彼の悩みを聞いた。親と子、兄と弟、親族、縁者間の確執……それはある意味小市民たちのしあわせな歴史かも知れなかった。わたしは“それぐらいのことはうち(小林家)にもあるよ”的助言をした。年齢が2歳しか違わないのだ、どれだけ兄貴分風を吹かせたとしてもそれぐらいのことしか言ってはあげられなかった。
 わたしの思うところ、その手の宗教は哲学ではない。そして哲学の魅力をちら付かせながら静かに近づいてくる宗教のなんと多いことか、わたしはそれまでにも手がつけられないほど宗教に倒錯してしまった友を何人も見、そして失ってきていた。
 しかしTM君の救われる点はまだ完全にはそれらに洗脳されてはおらず、どこかでおかしいぞ何か変だぞと思う部分が自身の中にまだあったことだった。親しいとはいえ、わたしなどに相談するというのが何よりもその証拠だった。
 ここで一肌脱がないでどうする! わたしは覚悟を決めた。


 いかがわしい悪徳宗教団体が一番嫌がるものは何だろうか、とわたしは真剣に考えた。「悪は悪を嫌う」の例え(今思いついた)通り、それはおそらく「蝿のようにうるさくつきまとい、大声で怒鳴り散らしながら有ること無いこと騒ぎたて、1匹殺してもあとからどんどん代わりが湧いて出てくるゴキブリのような集団組織」その名もずばり「ヤクザ」であろうと考えたわけである。かなり無軌道・無節操な思考回路のような気もするが、だってその頃はまだ「消費者相談センター」なんて無かったのだから自力でなんとかするしかなかったのだ。
 わたしは「ヤクザ」になりすましてTM君に付き添い、70万円を取り返しにいくことにした。“役に立たない”という意味の“ヤクザ”ではあるけれど、たまには少し役に立ってもらおうじゃないか、というわけである。もし「偽もの」だとバレそうになったら鹿児島の「小桜組」か福島・郡山の「高瀬睦会」の名前を出せばなんとかなりそうだった。とくに福島・郡山の方は組長の甥がわたしの子分だ。(かなり薄いな)
 それでもだめなら、ええ〜いヤケクソだ「俺はフォーライフレコードのシンガーソングライター・小林倫博だ、金を返さないならお前んとこの正体をぜ〜んぶラジオ・テレビでしゃべくるぞ!」と脅せば済む事だった。

 黒シャツ黒ズボンにレイバンのサングラス、米軍払い下げのごっつい皮ジャンにいかにもといった風の鳥撃ち帽、衣装は意外と決まっていた。しかし身長が163Cmしかないわたしはあまり迫力がないのだった。そしてそんなわたしの仮装をTM君はこともあろうにゲタゲタと笑った。
「こ〜ら! 誰のためにやっとると思うとんじゃ、ワレ! だれが横山ヤスシやねん!」わたしは調子がでてきた。
 TM君は風呂敷につつんだ壷を抱え、とりあえず一人で浦和駅前の建物に入っていった。わたしは呼び入れられるのを今か今かと楽しみにしながら、その建物の窓の前をこれみよがしに往ったり来たりした。
 20分程経って突然TM君が出てきた。わたしはいよいよだな、と身構えたのだがTM君の足はもうすでに駅の方を向いている。そしてわたしにおじぎをして言った。
「終わりました」
「え? まだ俺の出番が……」
「効果抜群でした、あの人はだれだ? どういう人だ? ずっと敵は気にしてましたよ、図星です、さわぎが大きくなるのが一番困るって感じでした」
 それは喜ばしい結果には違いなかったが、わたしはあまりのあっけなさに少々不満だった。黒いワイシャツはそのためにわざわざ買ったのである。他では着れないから元(?)はとりたい。それにおもしろがってはいても、それなりに緊張も武者ぶるいもしていたのである。
「それでTM君はやつらに俺のことをなんて言ったんだ?」
「いろいろ世の中のことに詳しい人を連れて来ましたって言いましたよ」
「なるほど! 素晴らしいニュアンスだね、やつらは俺をやっぱりヤクザ関係だと思ったのかねえ?」
「さあ、どうでしょう、あの人は警察関係の人? とかは聞いてきましたけど、まあこっちもそれ以上は答えませんでしたけどね」
 怪しい詐欺集団にとっては「ヤクザ」も「警察」も同じだということを知った。

 それから何年かしてTM君はめでたくY子さんと結婚し、子供も男子を4人もうけた。TM君がことの顛末をどうY子さんに話したのか知らないが、Y子さんはいたくわたしに恩義を感じているようで、それ以降鹿児島に帰ってからもずっと盆暮の贈り物をたやさない。わたしは「役立つヤクザ」をちょっと演じてみたかっただけなのに、だ。
 ここからは私信でもある。もしこの文章を読むことがあったら、Y子さん、もうお心遣いは必要ないです。もう25年以上も前のことですし、TM君だって早く忘れたいんでしょうから。それと最近「壷」って聞くと「ボツ」をイメージしてしまって「作文」をする身としては何かちょっと辛いのです。クックッ。




               





某月某日某所某笑
役立つヤクザ