2013年04月11日(木)「 八重桜でお花見 」

“ある文学賞に応募はしたがカスりもしなかった”わたしを慰めようと思ったのかどうかは分からないが、妻が「八重桜でお花見しましょう」と誘うので、2匹の犬を連れて秋元牧場へ向かう。
 道すがら、軽のワンボックスとすれ違う度にわたしが「ホンダのアクティは荷台が他より5Cm長いんだ〜」とか「燃費からするとスズキのエブリイかも知れんなあ〜」などと未練タラタラでつぶやくものだから、妻はちょっと辟易した顔で薄曇りの空およそ1000m先をぼんやり眺めてから瞼を閉じてしまった。
 
 賞金は100万円で、わたし自身今回は相当に自信があって、今となっては笑っちゃうぐらいの思い込みで、いよいよ軽のワンボックスカーを手に入れてキャンピングカーに改造して、ソラ(犬)と全国を旅してまわるんだもんね〜、いいだろ、いいだろ 、このやろ! とその気になっていたのに……ああそれなのに! という訳なのである。愚かな話だなあ。

「やっぱり俺には才能が無いのかも知れんなあ」
「あら、めずらしく弱気なのねえ」
「俺だって弱気になることはあるさ。10年近くもやってて、何も無いもの」
「色々、もらったじゃん」
「作文コンテストみたいなレベルだよ。俺にはどうも“核”が無い気がする」

 犬と二人だけで放浪の旅に出たいとわたしが思っていることに対して、妻が不安を抱いているということにわたしは気付いていた。もういい歳なのだからわざわざ体に負担が掛かることをしなくても、とか事故が心配というのではない。わたしが軽い鬱病に罹っているのではないか、気持ちの底に鬱屈したものがあってそのせいで家族を含めた現実から逃れたがっているのではないか、といった内容の不安である。娘が勤めに出始めたので、犬の散歩をはじめ妻の負担が過大になってきた。良かれと思い炊事・洗濯・掃除・アイロンがけやその他の雑事、つまり自分のこと(物)は自分でするようにしたのだ。かえってそれらのことが悪い方への憶測の要因になっているかもしれなかった。しかし妻はそうした疑問をストレートにぶつけてくるタイプではないのだ。35年間、いつでも静かにわたしを観察していた。

「核?」
「そう、核。俺は何かのエキスパートでもないし、何か大事を成し遂げてそれを書いている訳でもない」
「文章を書くのにはそういうものが必要なの?」
「誰にも負けないぐらい詳しいとか好きだっていうものでもいいけど、俺にはそれも無いもんなあ」
「それで犬と苦楽を共にして、それをネタに書こうって訳? つまりネタ作りなんだ」
「下心あり、みたいに言うなよ……」

 八重桜は満開に近かった。派手なピンクで綺麗だが花自体が少し重いような気がした。ようするに豪華すぎるのだ。絵にはあまり描きたくない気分だなあと根拠もなく考えていると、妻も同じことを言ったので少しびっくりした。
 わたしたちの真上の空は幸運にも良く晴れてきていたが、東京湾側の彼方には積乱雲に似た形の雲が光り遠雷が聞こえていた。わたしの苛立ちは他愛の無い感傷の延長のようなものだ。やがて還暦を迎えようとする男の中にもチロチロと燃える熾き火のようなものはまだある。
 わたしは突然、妻を笑わせたいと思った。わたしのそんな情緒の不安定さが彼女の目下の不安の素になっているのかも知れないなあと思った。

「おもしろい川柳があるんだ」
「なになに、どうしたの? 川柳なんてずいぶん突飛ねえ!」
「まあいいから聞きなよ。『虹が出て タイムがかかる 草野球』な? いいだろう? 虹が出てさ、試合にタイムをかけて敵味方そろって大空を見ている……なんて図を想像するだろ?」
「パパが作ったの?」
「違う。忘れたけど誰かのエッセイにあったの。で、作者は素敵な川柳だなあと感動したんだけど実は一文字読み違えていたらしいんだな、コレが」
「何だろう」
「本当はな『蛇が出て タイムがかかる 草野球』だったというのよ、老眼で虹と蛇を見間違えたと……」
「何それ、虹と蛇じゃぜんぜん違う雰囲気になるわねえ! フフッ」

 2匹の犬が牛糞の臭いに脳みそをやられて、牛の居る方へいる方へと力まかせに走りだした。体の小さな妻は今にもころげそうになりながら、湿った山土の上を引きずられるように走って行った。
わたしは、犬と共にヨットで太平洋を無寄港横断した人の話を思い出していた。何ヶ月も犬を船上に拘束したとして、動物愛護協会から散々非難されたことなどが書いてあった。作者は「犬が船上で退屈していた」ことを認めた上で「新しい陸地の臭いを嗅いだ時の喜びを共有する幸せ」を感じたと結んでいるのだった。

「犬は人間との旅など、案外望んではいないのかもしれないなあ」
「……」
「食って寝て、時々散歩して、マーキングやらクソするのが一番なんて思ってるのかもしれないなあ」
「聞いてみたらいいじゃない、話せるんでしょ? フフッ」
「……」
「聞いた話だけど、犬はご主人様といっしょにいる時が一番しあわせなんだって。だから先に死ぬようなことだけは無いようにしないと」

 若い方のキラが1mの距離で牛を見て興奮し始めた。吼えながら後ずさったり突進したりしている。が、それは恐怖や攻撃といった類のものではなく、異質な相手ではあるが一緒に遊びたい一心からくるじゃれ合いのようなものだ。キラはまだパピーなのだ。なにもかもが嬉しい。
 30m離れたところで24〜25歳ほどの男女のペアがそれを見て笑っていた。女はちょっと時代錯誤的に髪に八重桜の房を挿していたが、それは嫌味なものではなくとても感じのいいものだった。二人は手をつないでいた。妻は二人に軽く会釈をした。
 
「可愛いわねえ」

 奇妙なタイミングで妻がつぶやいた。妻が可愛いと言ったのは犬なのだろうか、それともあの二人なのだろうかということを少し考えたが、姿がみえなくなるともう敢えて聞くほどのことでもないような気持ちになってしまった。
 芝生の上で2匹の犬が取っ組み合いを始めた。妻は「頑張れがんばれ、がんばるんだ猟犬! あ、コラ!本気で噛むんじゃないバカタレ!」などと、こちらが気恥ずかしくなるほど屈託無く大声で叫んでいた。
 乾いてきた地面と草木の上を風が渡り、真夏とはまた違う柔らかい草いきれを運んできた。わたしは唐突に「もしかして俺は今、妻と手をつなぎたいのかも知れない」と思った。




                  




mk
八重桜のいいところは、蕾と花の色が違うところだ。
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