夏休みをあと3日程残したある日、平井がやって来てなぜか尻の辺りをモゾモゾと気にしながら、窓から僕に叫んだ。
「とにかく急げ、海に行っど」
見ると彼はもう海パンをはいていて、自転車をぐるぐると丸く乗りながら、早く早くといった様子なのだった。
「待て、おい(俺)も海パンを……」
「んにゃ、要らん、見ちょればよか!」
海は家から自転車で飛ばせば3分でちょうど満潮、波も無くクラゲに気をつければ絶好の条件?だった。平井はこの条件になる日をずっと待っていたのらしかった。
堤防際は2mの深さがあったけれど、彼はいきなり大人の頭程の大きさの石をかかえると、そのままドッボーンという音をたてて飛び込んでいった。
一体全体何が起きたのか全くわからないままオタオタする僕の目の前で、スーッと彼は沈んでいってしまったのだ。とは言っても、そこはいつも遊んでいる場所であったし、平井は仲間内で1番の泳ぎの達人だったのでとりたてて心配することはなく、僕は言われた通り立会人のようにして凝視していた。
底で1〜2秒モソモソしたあと、少しばかりの泡があがってきた。そしてさらにそれに続いて何かフンワリとした固いのか柔らかいのかわからない、得体の知れない物体が浮び上がってきたのだった。
そしてそれらの浮んだ辺りの真ん中からブハーッと平井が嬉しそうに顔を出し言った。
「おいは、おいは嘘は言うちょらんど!」
1週間程前、うんこは海に浮ぶのかどうかで彼と大喧嘩をしたのだった。
帰り道、少し臭っている彼に僕は素直に謝った。潮風が背中を押してくれたのだろう。
大人になってから、幼い娘を風呂に入れていて、浴槽があの日見た光景と同じフワフワのものでいっぱいになったことがある。
娘にはそこが海に見えたのかも知れない。 |