いつの間にやら９月である。海の近くに越して来た割には釣行の回数が少ないのに自分でも驚いている。おそらく……何回か行った釣りがそれほどの釣果も無く、つまり型も数も期待以下だったせいだろう、と他人ごとのように分析している。恋をしても“だめだこりゃ、脈無し！”と少しでも感じたら、さっさとやめて別をあたるパターンと同じだ。……か？
フライフィッシングと違い、仕掛けや道具で遊べないのもちょっと物足りない。フライの場合だと“毛針を巻く”、“竿を作る”、“独自のマテリアルを探す”などという別の楽しみがあり、これがまたひじょうに奥深いものなのだ。“こだわる快感”とでも言うべきだろうか“頭脳の快楽”とでも呼ぼうか、必須なのである。釣行よりそっちの方にハマる（走る）人も多い。例えばだ、全体的に黒い羽毛をまとった毛針でも、ほんの微量の白い羽毛をウイングに混ぜるか混ぜないかで結果が大きく違ったりするわけである。その時間帯に捕食している虫にそっくりでないと、魚は毛針をくわえてはくれないので、結果として黒系羽毛の毛針１つでも白、黄、赤、グレーなどを混ぜて１０パターンぐらい用意しなければならない。あっという間に２００本ぐらいにはなってしまう。それもたった１回のチャンスのために準備する訳だ。しかしね、それが楽しいのである。快楽なのである。村上龍が言っているじゃないか「男の価値は持っている情報の量と、知っている快楽の量だ」と。あ！ フライ講釈じゃなかった。
と、まあそういう訳（？）で久しぶりの海だ。ターゲットはハゼである。
「秋になればハゼが釣れるよ！ ハゼだけは数が豊富だからみ〜んな大漁だよ！ 釣りとしては対象も小さくてつまらないという人もいるけど、まあ数が出るからねえ。童心に戻ったつもりでたくさん釣って楽しんで、テンプラにしてたらふく食べておくんなさいよ！」
堤防であまりに釣れないわたしを気の毒がってか、地元の人たちは皆そう言って慰めてくれたものだ。わたしはつまらない釣りだろうが何だろうが、心の底から秋を待っていたのだった。
１４：３０、南白亀（なばき）川脇の女子供用ポンドに向かう。満潮が１７：３０なので３時間はやれる。十分である。平日なので他は２〜３人、南白亀川本流の方には半漁師のような男女が１５人ぐらいいたが、時間的にはこれからなのだろう、その時点ではあまり釣れている様子ではなかった。例によってアカイソメは売り切れ、しかたなくアオイソメにする。
チョイ投げ用の投げ竿と、５．４ｍの渓流竿を計２本出す。投げの方は適当に仕掛けを付けて３０ｍ先に放り込んでおいた。何かが釣れれば恩の字ってところである。勝負（？）するのは延べ竿のミャク釣りである。便宜上、目印として極小の玉ウキを付けたがこれは別に無くてもかまわない。ガンダマ錘（直径３ｍｍ）と釣り針だけの仕掛けを水底に沈め、３Ｃｍぐらいずつチョビチョビ動かしてアタリを取る、といった単純なものだ。本当の話だが、わたしは鹿児島の海辺の川で５歳の時すでにこの釣りをやっていた。５０年のキャリアだ。
潮の具合が非情に良かったらしく、仕掛けを入れた途端にミャク（脈）があった。目印の玉ウキがスーッと水中に入る。完全にくわえた証拠である。やさしく合わせると１、２度プルプルとして、あとはスンナリ上がってきた。１５Ｃｍのハゼだ、ぎりぎりテンプラにできるサイズ。それでも非情〜に嬉しい。頬ずりをしてから「ごっちゃんです」と言い、塩を半握り入れたビニール袋に放り込む。塩と糠を混ぜたものの中に入れておけば魚はいたまず、ヌメリも取れてもっといいのだが、今回は持ってきていなかった。
そんな調子で今日は初めから入れ食いが始まり、笑いが止まらない。放り込みっぱなしの竿の方にもフッコが釣れたりして、大忙しである。「あらら！ あららら！」などと言いながら、いい歳をしてニヤケてしまった。１０ｍほど離れた左隣で釣っていたお兄さんのウキはピクリともしない。もちろん釣果０匹。あまりの違いに怒ってか悲しんでか、１５分ぐらいで帰って行ってしまった。完全にウキが立っていたので、おそらく餌が底に着いていなかったのだろう。かわいそうになあ、ヒヒヒ。
現在アイデアを２つ持っているので、次はもう少し大きいサイズが釣れる筈（？）である。乞う御期待。
本日の釣果２５匹はすべて素揚げにして“無類の魚好き猫”ラテ君と膝をつき合わせてバリバリと食べた。小さいので揚がり過ぎてしまい、なんとなく骨せんべいのような味がしたが、ラテ君は怒りっぽいのでカルシューム補給にちょうど良い具合である。
「噛むと湯気が立つ、フンワリとしたハゼの天ぷらを食いたいものだなあ」
虫の音を聞きながら、男２匹しみじみと語る。良型のハゼが上がるのは１０月からだ。産卵のために海の深場に落ちる１１月末まで続く。
ｍｋ
