05年9月13日(火)「 修行僧になる日 」
まわりからは“ホモダチ”ではないのか、と言われる“オカピー”とツーリングに行ってきた。スケジュールや天候に邪魔されてなかなか実現しないでいたのだが、やっぱり愛(何の愛?)の力は強い。
オカピーのカブは余計なものを削ぎ落とした「スポーツカブ」である。ハンドルは改造してあるし、カブ独特のあの白いレッグシールドもチェーンカバーも外してある。それに比べてわたしのカブは、遊び及び野宿に必要ななものを色々とくくり付けた「ジプシーカブ」である。テント、カッパ、釣竿、釣具、椅子、ガソリン、コンロ、鍋釜、食器、茶道具、etc。まんま、流浪できそうだ。
2台を並べてみると、“バイクの王様”という同じ血筋を引き継ぎながら、数奇な運命をたどってきた2つの人生をみているようで、思わず涙せずにはいられない。背負っているものの違いで顔つきが変わってゆくのは、人間の場合と同じである。……な〜んちゃってね。
11時に川越の「落合橋」で落ち合い、254号を行く。嵐山で1時間だけフライフィッシングをやり、やや太目のオイカワを4〜5匹ゲットした。近くの「玉川温泉」で一風呂浴びる予定でいたが、くそ暑いので10月に飛ばす。
再び254号をひたすら走って北上、140号を左折し長瀞へ。長瀞では“キュウリの串刺し一夜漬け”を頬張りながら土産物屋を冷やかし、“黒豆甘納豆”と“黒豆”を購入した。
長瀞のとなり東長瀞に、「天然氷のかき氷屋」があるというので行ってみると、平日だというのにギャルたちの長蛇の列、クリビツテンギョウ(びっくり仰天)でこれもパスして飛ばす。そして秩父へと走る。
299号線へなだれこみ正丸へ到着、トンネルを避けて峠道を登る。峠の茶屋では写真を撮っただけでUターン、名栗村へ進んで「秘密の峠」でチャチャチャした。思えば午前中にうどんを食って以来、キュウリ以外に食物をとっていない。オカピーがリュックにドーナツがあることを思い出した。振動で輪が壊れ、ただの揚げ菓子のようになったそれを頬張る。甘味が嬉しい。
名栗村へ向かう途中の道脇にある湧き水を30秒で飲んで、あとは人生の坂道をころげるかのごとく走り下った。時間すでに遅く、陽はかげり、半袖シャツに冷気が辛い。ギックリ腰が未だに完治しないわたしは、腰を伸ばすために時々バイクに立ち乗りしてみたりする。
「行かねばならぬ、後へはひけぬ、一刻も早く行かねばならぬ! 鉄の馬よその息たえて死するまで駆けるがいい! 目指すはパリだ!」
誰にも聞こえないのをいいことに、わたしはヘルメットの中で訳のわからないことを歌劇風に抑揚をつけて叫んだ。一種のドライビング・ハイ状態だろうが馬鹿だ。バックミラーに映るオカピーはまぶしい逆光の中でナチスのドイツ兵のようだった。ドイツ兵に追われるレジスタンスの男(わたし)は、ナチスの秘密を持ち出しパリの連合軍の元へ駆け込もうとして……妄想、妄想。
顔をこわばらせ、目をぎらつかせ、馬鹿な男二人、フルスロットルで走る。ロバの全力疾走みたいなカブのフルスロットルとはいえ、時速65Kmは出ているので車体の弱さを考えると危険きわまりない。なんだかよくわからないが体がボロボロになった。
本日の走行距離約300Km。家にたどり着き、明かりの下で鏡を見ると、そこには修行僧のような男が写っていた。振り向くとわたしより若いもう一人の修行僧が猫の頭を撫でようとしていたが、その形相のせいか嫌われて逃げられてしまったようだった。
そういえば名も無き峠で茶を立てた折り、「今度来るときは尺八を持ってきて吹きたいですなあ」とオカピーが言っていた。
修行僧に尺八か、実に似合いそうである。
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