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これからですな、将軍!

将軍様の雄姿だ

いきなりバラシ始めた

オペだ

ありがたや、ありがたや

どの道でもプロはすごい
2015年10月13日(火)「 将軍様がやって来た 」

 職場が江戸時代なのは先日書いた。将軍と副将軍、勘定奉行と南町奉行と老いぼれ鍵奉行のわたしがいる。
 先日、一人の不心得者が職場から失踪してしまったので、今は北町奉行のポストが空きだ。が、なかなか大岡越前のような人物は居ないので、皆が交代で江戸市中を巡回したりしているわけである、忙しいのだ。
 さらにもともと人が足りない上に、役どころだけはたっぷりあるから、時には将軍が足軽になって“コストコ”にコーヒーを買いに行ったり、副将軍が腰元になって旅籠を掃除したりもする。他にも馬番やら飛脚やらフンドシ担ぎ、山賊、盗賊、忍者、庭師、女郎などなど役どころだけは限りなくあって、この小劇場はなかなかになかなか、一人五役ほどの器用な人々の集まりでもあるのだ。わたしなどは門付け(江戸時代の歌手だ。他人ん家の門前で歌をうたい、銭やら食い物をもらう)だった経験を買われ、朝礼時のBGM担当もやらされているのである。

「スーパーカブの調子が悪いんだ」と庭師の純吉相手にぼやいていると、将軍様が「なんやなんや」と河内弁で身を乗りだしてきた。油断も隙もない。あ! もとい、ありがたやありがたやの部下思いの将軍様なのである。
 そしてついに今日、将軍様がありがたくも一介の町人機械屋となって我が家に遊びに来てくれることになったのである。再びもとい! スーパーカブを往診に来てくだされたのである。
 将軍様が昔、ホンダのレーシングチームのメカニックをやっていたことを最早江戸で知らぬ者はいない。死んで屍拾う者なし…の大江戸捜査網なのなのだ。

 着いて(我が家に)いきなりである。スーパーカブのオペが始まった。わたしは唖然となりながらも将軍ドクターの指示に従うナースである。
「メス」
「オス」
「オスじゃないやろ〜、ペンチのことや〜」
「最初ッからペンチって言ってくださいよ…」
「メス言うたらペンチやろ〜!」
「わかりました〜はいペンチ」
 まあ、一事が万事そんな感じなのだ。ゴーマニズムは確かにあるが、根底には確かな実力を伴っている。わたしはただただ将軍様のその手際の良さに舌を巻いていた。仕事が早いのだ。あっという間にエンジンの蓋を開け、タペット調整を終わらせた。続いてキャブを全分解して清掃し、アイドリング時のガソリン濃度を完璧にしてしまったのだ。一発でエンジンが着火した。半年苦悩したわたしなどには未知の世界のプロの技であった。

 わたしには他人を冷ややかに観察する性癖がある。画家のモネが、妻の死に際して、その肌の色味の変化を観察した話などに異常に興味がある。それと同じ目で、わたしは将軍様を見ていた。
 そして「あ、この顔、どこかで見た顔だな」と感じていたのである。
 職場のパソコンのスクリーンセーバーに将軍様の若かりし頃の勇姿がある。ホンダのメカニックとして世界中を飛び回っていた頃のものだ。
 スーパーカブの調整など、比べようも無いレベルであろうが、今日の将軍様はその頃と同じ顔をしていたように感じた。
「いいなあ」と思うのだ。若い頃と同じ顔になれるものを持っていることが「いいなあ」と思うのだ。わたしは歌を歌うとき、同じ顔に戻れるのだろうか。

「少年老い易く……」にひっかけて「将軍老い易く……」と言いかけたがやめておくことにした。「学なりがたし」ではない。すでに成就した世界を持つ者同士のような気がしたからだ。
 将軍様とわたしは同い歳なのである。まだまだ老け込む歳ではないのだ。