08年3月19日(水)「 接待 」
今日も“カケスの谷”へ行こうと早起きする。ひげを剃り、コーヒーを飲んでいると妻が言った。
「今日はイベントしましょう!」
何だ何だと話を聞いてみると、昨夜から娘の友人が遊びに来ているらしい。もとい、巨大な屋敷じゃあるまいしそんなことは知っていたのだが、まあ若い連中にはなるべく好きなようにさせてやりたいので、なるべく干渉しないように努めて知らんぷりを決めていたのだ、わたしは。ところがだ、珍しいことに今回は娘からの要望で「せっかく遠路はるばる友人が来てくれたのだから、どこか旨いものでも食べに連れて行け」ということらしいのだ。カケス君がどこかへ消えてしまいそうな気がしたが、わたしはイヤイヤ(内心ウキウキで)接待イベントに付き合うすることにした。
妻がすばやくネットで検索し、なんと車で10分のところに「イチゴ狩り」のできる農園を発見した。10時を待って、即GOである。
客人“マユちゃん”は娘の中学・高校・大学時代を通しての友人なので、わたしも今まで何度か会ったことがある。屈託のないとても気持ちのいいお嬢さんである。高校2年の時、女子美術大学学園祭のクラス展で、特筆すべき有能な油絵が1枚あって、それが彼女の作品であることを知った時、わたしはかすかにジェラシーを感じたことを覚えている。ジェラシーは自分に無いものを持っている奴か、自分と同じ種類のものを持っているが自分よりずっと優れている奴にしか感じないものだ。彼女は後者だった。惜しいことに彼女は今は絵を描いていないし、将来も描く予定は無いらしい。
世の中には4種類の人間がいる。@やる気があるのに才能が無い奴A才能があるのにやる気が無い奴B才能もやる気もある奴C才能もやる気も無い奴。……ちょっと極端な分析だが、そういう風に考えると人生はせつないものだとつくづく思う。
「今からでも絵を描かない? 作品をうちで扱わせて(売らせて)よ」と言うと娘が怒った。
「やめてよね! マユは違う道で行くことにもう決めたんだから」
当のマユちゃんはどこ吹く風のイチゴ目(?)になってヘラヘラと笑った。惜しいなあ。
入場料一人¥1500なり。妻と娘とマユちゃんは「さあ、元を取るぞ!」とか言って受粉用の蜜蜂がブンブン飛びまわるビニールハウスの中へ突入して行った。食える訳ないってそんなに……。しかしながら、彼女たちは本当に1人4パック分ぐらい食ったらしい。
接待2回戦は海の幸コース、片貝漁港へ向かう。先日漁港をロケハンした折り、イワシやハマグリを焼いて食わしてくれる店があるのをチェックしておいたのだ。後部座席で3人がイチゴのゲップを5回ずつ吐いている間に海に到着した。お約束の砂浜散歩、貝殻拾い、波との戯れ、堤防歩きなどをしてイチゴを完全消化する。先日、干潟でわたしがアサリだと思って喜んだものは、実はバカガイの稚貝だと妻に指摘されてわたしの立つ瀬がなくなる。本当のアサリもいくらかはあったので「そうかい、そう貝!」などと言ってなんとかごまかしてしまった。「研究が足りないね」とマユちゃんにまで言われる始末だ。
やっと腹が空いてきた。こちらもわたしの研究がまだまだ浅いので“隠れた旨か処”などは知る由もない。無難そうな店に入る。しかしながら「網元」という名のその店は、構えも大きくテーブル数も多いので実にゆったりできて快適だった。わたしたちの他は2、3組の客といったところだ。本格的な夏にはものすごい数の人々が来店するのだろうなあと思うと、ちょっと恐い気さえする。話が横に外れるが、よく「○○市の人口は30万人」などと言うでしょう? 人口という言葉を聞いて、30万個の口を連想してちょっと気持ち悪くなるのはわたしだけだろうか。「網元」の広い店内を眺めながら、それぞれのテーブルに「口」が5、6個ずつ座っている様子を想像する。
お味の方は……さすがに片貝港である。ハマグリよりもホタテよりもイカよりもイワシ丼とイワシの丸干しが新鮮で旨かった。“イワシのソフトみりん干し”というのがこの地では有名なのだが、この店には置いていないようだった。がしかし、飛び込みで入ったにしては満足度は高い。近々に母を連れて来てあげよう。
戻りの車中、3人の女子(おなご)達はスヤスヤと眠りに落ちた。女子に飯を食わすのは実に気分がいいものだ。
夕方から雨が降りだして、妻と娘がマユちゃんを駅まで車で送って行こうとしていた。わたしは2階の吹きぬけから「来てくれてありがとうね」と言った。そして彼女は、いまどき珍しい“両手ピース”を返した。
♪春の雨はやさしいはずなのに、祭りの後のさみしさは、もうどうにも止・ま・ら・な・い〜♪
わたしの中で小椋 佳と吉田拓郎と山本リンダがメドレーで流れた。わたしの頭は壊れ始めているらしい。
mk