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シュッシュッ、シュッシュッ

何も無いのだ

2通りの帰り方がある

自販機すら無い

コンビニなんて夢

写真撮るな!
 
2019年12月05日(木)「猿田駅でシャドーボクシング」

 勤務先(病院)の職員さんたちの飲み会にネモッちゃん共々誘っていただいた。光栄なことだ。三須専門職の肝煎りで(三須さんとは3回目なのだ)、なんと今回は女性陣も参加するらしい。ネモッちゃんとわたしはついつい緊張する。だってウチラは所詮下請け業者ですからネエ。
 赤羽薬剤部長、中嶋検査技師、舟木検査技師、妹尾栄養管理士……合計7名での少し早い忘年会といったところだ。
 とは言っても顔見知りではあるので鍋をつつきながら話も大いに盛り上り、身分、性別、年齢、貧富も越えて大いに笑い、そして「また飲みましょうね〜、是非是非きっと」と、とてもハッピーな御開きを迎えたのだった。いい方々ばかりで良かった……ネモッちゃんとわたしは内心ホッとしたというのが正直なところではあった。

 早朝に犬散歩をして、午後から蘇我の病院で健康診断をうけて、そこから一度帰宅して夕方の犬散歩も済ませてからの飲み会だったので、男65歳やはり少し疲労があったのだろうか。
 帰りの電車では絶対に座らないぞ(眠らない為)と決めていたはずなのに、なんとだらしない、四街道から千葉行きの電車に乗った所までしか覚えていないという有り様。以前飲み会のあと、大原というところまで行ってしまいタクシー代が25000円かかった苦い記憶があるにもかかわらず、まったく学習能力というものが無い。

 パニックに近い状態で飛び降りたのは猿田駅というところだった。どうやら乗った電車は千葉駅で折返したらしい。あと2駅先の銚子まで行っていたら、宿も漫画喫茶も有っただろうからその後の展開も大きく変わっただろうが、それはあくまで後で考えた事である。
 猿田駅は無人駅だった。もちろん猿は居ない。犬もキジも居ないのはいいとして、自動販売機さえも無いのには正直参った。しばしうろついてみたがコンビニのコの字どころか雰囲気さえも無い。最終電車が行ってしまった後だから送迎の車も1台も通らない。タクシーを呼ぶ手立てさえ見つけられなかった。看板も無い。おそらく近辺にタクシー会社は無いのだろう。まるで猿の惑星だ。あいやいや猿は居ないのだった。
「よし、ここで朝まで頑張ろう。始発に乗って帰れば済むことだ」
 仕方が無いのもあったが、わたしは意外とあっさり腹を決めた。

 それにしても寒い。0時を過ぎてから急に冷え込んできた。風もある。指先が痛いほど。
 それほど酔ってはいないが、いずれ何時間後かには眠くなるだろう。眠ってしまえばいわゆる低体温症、凍死だ。まあ別に死んでもいいが、遠投用の竿やリールをネモッちゃんの分も含めて4セットも買い揃えたのに、それを試せずに死ぬのはチト辛い。
 わたしは最近、投げ釣りの事ばかり考えているのである。だから春まではなんとしてでも生きていたいのだ。

「何とか体を暖めねばならない」
わたしは少しでも温い場所を探す野良猫の心境で辺りをまたうろついた。せめて風だけでも凌げる場所が欲しい……。
トイレが目に入った。車椅子でそのまま入れる、いわゆる多目的トイレである。しかもとてもキレイで明るい。臭いも全然無かった。わたしは洋式便器の蓋を閉め、その上に腰かけてしばし目をつむった。いけないいけない眠ってしまう、わたしはカッと瞼を見開いて覚醒した。
 その時だった。現在やっているフジテレビ月曜9時のドラマ「シャーロック」の音楽が聴こえてきたのだ。そして初回放送時、ディーン・フジオカさんがやっていた超派手なシャドーボクシングを思い出したのである。
 そしてだ、その広いトイレにはやや大きめの鏡が付いているのであった!
 わたしはファイティングポーズをとった。誰も見ていない。恥ずかしがる事はないのだ。生き抜く為なのである。命が懸かっているのだ。ボクシングなんかやったことはないがノー・プロブレムである。右手で顔面をガードしながら左で軽く数回ジャブを出し、ここぞのタイミングで右ストレートを放つ。時々シュッシュッと口で言えば結構様になるのである。ステップを踏むとさらにカッコ良い。フットワークは何事にも重要だ。ん? こんなところで人生を悟るとはなあ、便所だぜ。
 なりきる事も大切である。台詞を言ってみるのもさらに効果的だ。「立つんだジョー!」とか言ってみた後に「立つんだジー(爺)!」とか言うのも悪くない。その後に「オイラ倒れてねえしー!」とか叫んだりすると可笑しくておかしくて腹の底から暖まって来るのだった。
 後になって3分間闘って(?)1分休んで、と試合形式でやってみると、みるみる汗ばむ程であった。いったい何十ラウンドやったことだろうか? タフってのは財産だね、最後までダウンはしなかったもんね〜。

 ということで、5時5分の始発までアッという間であった。
 家に帰りついたのは7時半、妻と娘は心配のあまり角を生やし怒っていた。まあ解らんでもないが連絡はしてあったんだからさあ、角を引込めなさいって。
「65歳にもなって何をやってるんだろうなあ俺は」と一応猛省している風に演技して犬散歩へ逃げた。
 しかしまあククッ、結構面白かったなあシャドーボクシング、シュッシュッ、シュッシュッ、上腕筋痛い。