「 三角形の朝  」

 ラッシュ時の「女性専用車両」というのは決して女性のためだけにあるのではないのだ。もちろん“良からぬ輩”は圧倒的に男性の方に多いだろうから、チカンから女性を守るというのがメインの目的であるのは解る。しかしつまらない冤罪やトラブルから身を守るという意味においては、われわれ男性側からみても女性専用車両はありがたかったりする。まして今のわたしは世界で一番弱い男(腰が痛いので電車のブレーキでもよろける)だ、倒れそうになると誰にでも抱きつきかねない。
 満員電車というのは肉体もさることながら気持ちが結構疲れる。重い荷物を持っていてまったく手を動かせない状態で、女性の尻が拳ににグイグイと押しつけられたりすると「参ったなあ」と思う。体全体が硬直する。しびれてくる持ち手を変えることすらままならない。
 若い頃ならウシシシと思い、果たしてこの柔らかいお尻の持ち主はどんな美人であるのか見てみたい、もしかしてここから“尻合い”になったりして……などと妄想し、ちょっとだけ手を動かして女性を振り向かせてみようとしたことなどもあったが、この歳になると哀しいかな正直言って迷惑だ。過去30年、そういう場面での女性が美人だったためしも無いし、あらぬ疑いなどをかけられて面倒なことになるのも嫌だ。「男性専用車両」というのがあれば、わたしは間違いなく率先してそっちを選ぶ。

 今朝も超ギュウギュウ詰めの電車に乗りあわせた。人身事故がありダイヤに遅れが出ていた。中途半端な遅れが災いして、会社就業に間に合うギリギリの時間帯だったようで、かなりの人が無理して電車に突入したため電車の中はまったく自由が効かず、前後左右への揺れに身を任せ“なすがママ、キュウリがパパ”状態だったのだ。
「やめてください!」若い女の声がした。4〜5m離れていたので、女の顔も男の年齢・風体もわからなかった。が、車中に嫌な緊張感が走った。その後大騒ぎになった様子もなかったので、チカンでもヘンタイでもなく、車両の揺れによるただの勘違いだったのだろう。まあつまらないとも言えなくもないが、周辺の当事者にとってはホッとしたに違いない。しかしわたしはその直後に男たちの奇妙な行動を見た。
 あくまでなんとなくではあるのだが、吊り皮に片手でつかまっていた男どもの何人かがもう片方の手をポケットから出し、両手で吊り皮をつかみ直した、ような気がしたのだ。そして吊り皮の無い場所では、みな両手で柱なり横棒なりにつかまった。万歳・ホールドアップ状態である。
 善良な普通の男たちにとって朝のラッシュは試練なのだ。わたしもスキと隙間を見つけて吊り皮のある場所に移動し、両手で輪っかにつかまった。そして自分の両腕の間から飛んで行く冬の景色を見た。そこには○でも×でもない、いつも通りの三角形の朝があった。




           





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三角形の朝