九十九里に流れ込む川を見に行く。(白里から北編)
08年4月22日(火)「 鮭の帰り来る川 」

 インターネットで近隣・周辺の情報を漁っていると「栗山川情報」にたどり着いた。なんと鮭が遡上する川であるという。太平洋側での「鮭遡上河川南限」にあたるらしい。水戸の那珂川が南限だろうと思っていたのでちょっとびっくりした。しかもだ、我が家から2時間の距離である。時期的に鮭を見るのは無理だろうが、ホッチャレ(鮭の死んだやつ)やら北極熊の足跡ぐらいは発見できるかもしれない。いざ。
 ついでと言ってはなんだが、栗山川に至るまでに2本の別の川があるので、ついでにそれらも見ておくことにした。今の時期、ちょうど到着予定時間が干潮に当たるので川底の様子、汚れ具合などを見ておきたい。素人が生意気なことを言って申し訳ないが、なるべくならばきれいな水の川で遊びたいじゃないですか。いずれの川も水源が高い山中にあるわけではないし、河口部分のロケハンなので「四万十川に匹敵するような清流」というわけにいかないだろうが「海で魚を釣ったあと、カヌーで川をさかのぼり、フライフィッシングで岸際の小魚と遊んで、中州のキャンプで酒を飲む」というのが理想なのである。

真亀川

作田川

栗山川

<真亀川>

長靴も必要だ

牡蠣がいっぱい

ハゼはただ今、成長中

満潮でも浅そうである

 河口部分に巨大な国民宿舎(サンライズ九十九里)と東金九十九里有料道路のインターがあって近辺は開けていた。田舎に真っ白で巨大なホテルが建っている雰囲気である。おそらくそれらの建設工事が進行形の頃は相当に川が荒れてしまっていたのじゃないかと思う。素人が偉そうに! と叱られそうだが、わたしは故郷鹿児島で家の前の「永田川」を毎日見ながら育ったので少しは分かるのだ。葦原と土手の頃は水は澄んだまま海に流れ込んでいた。台風や大雨で川は時々荒れたけれど、豚の死骸が流れてこようが汚物の浮かんだ水が庭先まで押し寄せてこようが、3日後にはまた澄みきった水が何事も無かったように流れていたのだ。潜ってウナギを獲り、庭からの投げ釣りでスズキが釣れた。そしてコンクリート護岸になり河口堰ができた日を境に、その永田川はドブ川になってしまった。葦原と土手の岸は川の生命線であり景観的にも治水的にも最終的にはコンクリート護岸に勝るのだ。コンクリート護岸の内側に葦原を作る工事を、最初からやれば済むことなのにねえ。
 河口から600mほど上流まで観察する。現在はコンクリートにも牡蛎など貝類がついてかなり自然にもどっているようだ。干潮なので今日のところはほとんど魚類の気配は感じられなかった。河口に港を持たない川なので満潮時もそれほど水深はないのかもしれない。地図でみると川の長さも短い(18.8Km)。下げ潮時にはハゼ・フッコなどがそこそこ釣れるらしい。ちなみにこの辺りの不動産屋のWebサイトをみると、1戸建物件が100坪弱の土地付きで400万円代からある。釣り場まで徒歩10分の別荘だと考えれば……欲しい。
「最高、最高、最高裁判所、さあ行こう!」くだらない洒落をつぶやいて、いざ次へ。

<作田川>

堤防の突端は広かった

太平洋の荒波

サヨリの稚魚がいた

河口から200m付近

木道は要らんだろう!

 大きな片貝漁港を河口に持っているので満潮時の水深は期待できる。水深があるということは満潮時に上がってくる魚の種類とサイズが増すわけで、釣りエリアも広がり何かと釣り人には都合がいいわけであります。港から上流300mほどのところでも護岸コンクリートにビッシリと牡蛎及びカラス貝がついていた。川底にも多量の牡蛎殻、ただしこれは人工的に撒いたもののようで、浄水効果用のもの。干上がった砂地にはゴカイ類の呼吸穴が無数に空いていて、それをあさるシギ類の鳥、多数。この川はまだ生き生きしている。余談だが鹿児島ではそういった場所での「ゴカイ掘り」が老人たちのいいアルバイトになっていた。近くの釣り具屋がけっこういい値で引きとってくれるからだ。1日に1万円稼ぐジジイが有名になって新聞にも載った。45年前の1万円はでかい。今の3万円ぐらいにあたるかな?
 ここに来る時は、おそらく片貝漁港の堤防での釣りになるのだろうが、ネット上の情報によると川の方でのハゼ釣りがそうとう盛んらしいので、秋の満潮の日に3連休ぐらい取りたいものである。浅くて緩やかな流れのなかでボラが何匹もジャンプしていた。ボラのフライフィッシングもやりたいので4連休は必要である。

<栗山川>

鮭だぜ、鮭!

たまには記念写真

ギロチン

何でしょう! 興奮!

大物、大物!

 鮭が帰ってくる川だそうである。川の土手にいきなり看板があった。嬉しくなる。ホッチャレも北極熊の足跡もなかったが、風景の中に「さけ」という文字がちらちらと見えて、町(村?)が鮭を売りにしているのがよく分かる。コンビニの看板の「さけ」は「酒」だった。
 比較すると3河川の中ではこの川が一番生き物の匂いが濃い。河口から500mのところ辺りから葦原が少しずつ残してあり(というより川砂の堆積で護岸の内側に新たに葦原ができちゃったんだねえ)、葦の生え際の川砂の岸には何かの稚魚が無数にのたうっていた。何かを狂ったように食べている。網を持っていなかったので掬えず、魚種は判断できなかったがあとで写真から判断するとおそらくモツゴ(くちぼそ)かオイカワの稚魚ではないだろうか。澄んだ水ではないが生きた水なのだろう。鮭が上がってきてもおかしくはない(かも知れない)。鮭をもっと上流まで登らせようという運動(清掃その他もろもろ)が町ぐるみで行われているらしいが、にもかかわらずギロチン(可動堰)なども堂々と設置してあって複雑である。ギロチンはもう今は開きっぱなしのようだった。ギアが錆びていて最近動かした形跡が無かった。毎年戻ってくる鮭の数が増えているのか減っているのかわからないが、増やしたいのなら環境を自然に戻せばいいだけであろう。よくよく調べると現在戻って来ている鮭は放流ものらしいし、まだ自河川産卵ものの回帰には至っていないらしいのだ。住民の中には「そんなことが何になる」という考えの人もいるだろうから難しいところだ。あらためてもう1度自然に戻すための工事を土建屋には与え、鮭がもたらす効果(観光・特産物産業など)をプロパカンダによって広め、気運を高めていけばなんとか全体が潤いそうな気がするのだが、難しいのだろうか。行政は経営(独立採算の株式会社形式にすればいいのだ)なのだから、みんながその気になれば結構面白いと思うけどなあ。
 栗山港はこじんまりした港で消波効果のあまりない堤防が1本のストレートな港だった。堤防の突端までは行かなかったが望遠レンズでのぞくと、丁度その時大物が釣れたのか4、5人の釣り人が騒いでいる様子が見てとれた。フッコのようでもあり、カレイのようでもあり、イナダかイシモチのようでもある。クックックッ、やっぱりここがいいかなあ。片道2時間かかるが、それだけの価値はありそうだなあ……独りごちるわたしを怪しんで、犬が近づいてきた。

<付録>

ソフトみりん干し

手作業の工場だ

なかなかに上等な味

おまけ

 帰路途中、片貝の干物屋さん「かねとも水産」に寄る。以前買った“ソフトみりん干し”があまりに旨かったのでリピートした。おふくろへの土産分も追加して、女主人の婆さんと世間話になり奥の製造場の写真を撮らせてもらった。
「写真を撮ってどうするの?」
「はあ、ちょっとインターネットで文章を書いてるもんですから…」
「そうね、そうね、うちのみりん干しは色々新聞なんかにも取り上げられてるんよ……」
 オカミさんは¥1080の買い物しかしていないわたしの袋に1パック¥570のイワシのめざしをそっと放り込んでくれたのだった。妻が言うところの“後家殺し”ならぬ“ババ殺し”の本領をまたまた発揮してしまった訳である。

 今回は白里から北の3河川を見たが、次は南の河川を探索せねばならない。海の近くに越してきたのはいいが、干潮満潮を頭に入れて行動しなきゃならないのはちょっと難儀である。そしてあらゆる釣りに対応できるように、スーパーカブに釣り竿入れをもう1本追加しないと間にあわなくなりそうである。そしてわたしは、どんどん田舎のオヤジ化してゆきつつある。非常に嬉しい。




              




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