ロケハン (location hunting
07年02月02日(金)「 ロケハン 」

 暖冬である。先月末、2泊3日で御殿場に行ってきたが富士山も裾野まで真っ白ではなかった。解けてしまったわけではなく、今年は雪そのものが少ないらしいのだ。都心でも1度も降っていないし、それどころか近所の梅がすでに満開に近くなっている。暖かいのだからいいような気もするが、暖かさの度合が異常だし世界的な規模での現象だと聞くとちょっと嫌な予感がする。大変なことが起きなければいいのだが……。

「もしかすると今年は雪が1度も降らないんじゃないかなあ、積もったら絵を描きたかったのに」
「どうせ、また変な絵なんでしょう?」
「ピンポ〜ン! 山本さんちのユキ(犬)を借りてなあ、『雪雪ユキちゃん』って絵を描こうかなあって思ってたのっすよ! どう?」
「なに言ってるの、『カリンコリン』もまだ描いてないくせに口ばっかりねえ」
 妻は冷たく言い放った。妻がネットオークションで絵を売ってるので、わたしにも描け描けというのだがなかなか描かないでいるのだ。わたしは“果物フェチ”なので果実の絵を中心に描こうと思っているのである。以前のフィールドノートで宣言もした。『カリンコリン』というのは小倉優子が両手にカリンを持っているという設定の絵(予定)である。ユーコリンが「これがカリンコリン!」とキャピキャピ・トロリンと微笑んでいる図なのである。仲間には“芸術”を舐めていると軽蔑されているが、基本的に美しい絵ならその手の“御笑い癒し系絵画”もあっていいではないか! と思うのである。画面いっぱいに桃の実を100個ぐらい配した『桃山時代』という描きかけの絵もあるのだ。今や絵の表面にほこりが積もっているテイタラク。
「俺はプロデューサーだからな、あんまり表に出ちゃいけんのよ。みんなの絵のタイトルやらアイデアを考えるのが役目なのよ」
「誰がそんなこと決めたのよ、まったく油断も隙も無いんだから」
「油断…隙って、あ〜た、随分な言い方だなあ。十分協力してるじゃないか、今日だってこれからみんなのためにロケハンだぜ」
 わたしはカブにまたがってスタコラと外へ逃げた。他の画家たち(春山うめ、颯田 靖、カレン・秋山他)のために野の花を探したり、ちょっと気のきいた景色を見つけたりと、ロケーションハンティングも結構大変な仕事なんだぜ……なんちゃって。颯田 靖さんなどは「アンドリュー・ワイエスの絵のような場所を見つけてくれちゃうと嬉しいなあ」などと暗に柔らかく命令するのである。「ここは日本だぜ、埼玉だぜ、どこに北アメリカと同じ風景があるんじゃ! それに暖冬だぜ、ダ・ン・ト・ウ」といいたいのをグッと押さえて、わたしは「わかりましたでサー」と言う。
 颯田 靖さんの絵と同タイトルでわたしが詩を書き、詩画集のようなホームページを立ちあげましょう、という案が半年以上前にまとまったのだが、なかなか詩の方が進まなくて迷惑をかけている。そんな負い目もあってわたしはプロデューサーでありながら“パシリ”でもあるわけなのだ。

 久しぶりに荒川沿いの「秋が瀬公園」に向かう。管理された公園ではあるがかなりの広さがあるので、そこそこ“ワイルドさ”を感じることができる。まっすぐな目抜道路が走っているので場所移動が楽だ。森、林、湿地、川、船(ここから水路でディズニーランドに行けるのだ)、丘、小屋等々、風景画のロケハンにはうってつけの場所である。無い(いない)のは“美人”ぐらいのものだ。日本で唯一、サクラ草が自生する場所もあるので花の画家・春山うめさんのためにも、そろそろ様子を見ておきたい、と思ったわけである。
 平日ということもあり人は極端に少なかった。公園の端から端までは4〜5kmはあるのだろうが見かけた人間は8人であった。1歩奥に入り込むと、どこか外国の荒野にワープしたようで気分がいい。お気に入りの一角をプラプラと歩く。真夏だと「マムシに注意」の看板に、いやおうが無しに歩幅が狭くなり緊張する場所だが、今は冬なので思いきりだらしなく、ポケットに手を突っ込んでカメラをブラブラさせながらゆっくりと与太って歩いた。沼地には1日中日陰の場所も多く、例年ならバリバリに凍っていて、自然にできた氷の割れ模様や解けることのない巨大な霜柱などが美しいのだがやはりここも暖冬である。もはや“冬”を感じさせるものが無い。
 林を抜けた所の明るい開けた沼で、男性が一人でルアーのキャスティングの練習をしていた。いや、真剣に水面を見る目の光り具合からすると釣りをしていたのかも知れない。そこには鯉しかいないはずなのだが。
 バードウォッチの夫婦が2組、写真撮影の男性が2人、仰々しい機材を沼地の縁に据えて息を殺している。わたしの与太歩きを迷惑そうな目で見た。ここは私有地じゃないのだ、マナーに欠けている気もしない。ちょっとカチンときたので彼らにカメラを向けてシャッターを切った。
 サクラ草の自生地にまだその姿は見えなかった。あともう少しなのだろう。開花し始めると人が多くなるので、混雑嫌いのわたしは1度もここの自生サクラ草を見たことがない。おかしな話だ。“ひねくれ虫”は結局損をしているのだ。少し改心して3月になったらもう1度来てみるか。
 ひと通り歩きまわり100枚ほど写真を撮ってバイクの所へ戻ると、バイクのハンドルに黒いゴミ袋がからんでいる。風も無いのに変だなあと思って近づくと、それはごみ袋ではなくカラスだった。バックミラーに写った自分の姿に興奮したのか、くちばしでつついたり足蹴り攻撃をしているのだ。わたしはとっさにカメラを構えてシャッターを押したが遠かったのと手ぶれで結局それは黒いゴミ袋にしか見えなかった。うまく撮れていれば颯田 靖さんに頼んで、鏡にひっかけて「ガラスカラス」なんて絵を描いてもらえたのに残念だ。

 虫が動き出す「啓蟄」は3月6日ぐらいだっただろうか。ウズウズする。職場の友人Sがお嬢さんと釣りに行くというので、延べ竿を3本貸してあげた。久しぶりに道具の手入れなどをしているとウズウズはムズムズに変わる。暖冬だから啓蟄も1ヶ月の前倒しだ。よし! 混雑覚悟で今年は渡良瀬川の「渓流解禁」(3/1)に行ってみるか。“釣れる釣り”をしなきゃなあ! もう俺には時間が無いんだ(なんちゃって)。フライにこだわらずルアーも餌釣りもやってみるべえ。もうヤブレカブレである。
 そうなるとだよ……、ますますロケハンの必要が増えるわけで……なかなか果物絵は完成しなさそうなのである。




              




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