パパラッチの勧め 
幸も不幸も記録を取(撮)っておいた方がいいのだ
10年ほど前、オヤジの葬式の様子を克明にカメラに収めていると「あんたは悲しくなかとね?」とオフクロが嘆いた。しかもだ、夜中に棺桶の覗き窓からオヤジの死顔を撮っているところを親戚に見られ、それもまたオフクロの知るところとなって激怒された。しかしだ、 10年経った今でも、わたしは時々オヤジのその死顔写真を取り出し語りかけることがある。
「父さん、わたしの人生は正しい方向に進んでいるのでしょうか? もし間違っているなら言ってください」
不気味この上ない光景だが、お陰でわたしは今自分を偽らないで生きていられるのだ……と勝手に解釈している。幸も不幸も必ず記録を取(撮)っておいた方がいいのだ。なんでもかんでも先ずは撮っておいた方がいいのだ。



07年3月23日(金)「 パパラッチの勧め 」

ぶっこわれたバイク

参考料金

こんな感じ

ボックスの中

最後の荷物
 
 20、21、22、23日と4連休にした。交通事故で入院中の娘のマンションから、家財道具を撤収するためだ。荷物は、前回ちょっと書いたがレンタルボックスなるものを借りた(参考:2F/4畳/¥13600/月)ので、そこへ詰めこめばいいだけなのだが、部屋が2Fでレンタルボックスも2Fなのである。つまり“荷下げ”と“荷上げ”を階段で何十回か繰り返さなければならない訳だ。妻はわたしの椎間板ヘルニアを気遣い「業者に頼めばいいじゃない!」と強く言ったが、わたしが“無理をすることでしか満足感を得られない男”であることを承知しているのか、それ以上の議論にはならなかった。
「まあ、4日もあるから、のんびりやるよ」
 ひとりごとのようにわたしは言い、妻は聞こえぬフリのままトントントントンときゅうりを刻んだ。

 初日はまず「荷造り」である。
「何がどこにあるのか全然分からないじゃない、だからあなたに任せたくなかったのよ!」と言われたくないので、それぞれの箱や袋にはキッチリ内容物を明記した。“ニット物のみ”、“ジーンズのみ”、“ソファーの横にあった衣類”、“テレビの右側にあった小物類”などといった具合である。後日娘が見ておおよそ見当がつくように、なるべく具体的に書いておいた。“センスの悪いジャケット類”なんて洒落っぽいものも書いたが、これも生きているからできることで、もしもあの日死んでいたとしたら……ゾッとする話である。酒酔い運転や通り魔に理由なく子供を殺された親の気持ちはいかほどであろうか。胸が痛んだ。
 居間は午前中に片付いたが、大変なのはアトリエの方である。娘は一応「刺繍作家」を目指していて、親元を離れたのもアトリエを構えたいという目的が有ったからなのだ。パッチワークなどにも興味があったらしく8畳ほどの部屋には異常なほどの(あくまでわたしから見て)ハギレ(布)や糸などのマテリアル類が山積みされていた。加えて染料や道具類、実験的に作った作品類、関係書籍が所狭しと詰まっていた。
「ゲッ! どうすんだよこれ!」わたしは呆然としたまま、実に不用意に部屋に足を踏み入れてしまった。瞬間、足の裏にチクット痛みをおぼえたがそこで瞬時に止めることができず、そのままグイと体重をかけてしまった。硬い皮をブッチンと貫き、肉にズブズブと鋭い何かが入ってくる感じがした。音がしたような気さえした。腰を下ろし痛点をマジマジと見て「ゲッ! チクショウ」と言った。わたしが踏んだのはホチキスの針だった。さらに回りを見渡すと、床にはマチバリや刺繍ミシンの折れた針などが散乱している。「だらしねえなあチクショウ、殺す気かあ! ここは針地獄か? え?」 と言ってみた。
 フツフツ、フツフツと笑いが込み上げてきた。本当に久しぶりに笑いがこみ上げてきた。わたしはホチキスの針に爪をかけ、1、2の3で抜き、子供の頃釘を踏んだ後もそうしたように、傷口を硬い拳骨で叩いた。

「さてさて、何がどこにあるかわかるように、ちゃんとしといてやるべえよ」 
 おどけたひとりごとが言えるのも、娘が死ななかったお陰である。マチバリをすべて拾い集め、プラスチックのケースに入れた。コツコツとやるしかないのである。これから先の娘の人生はなおさらだ。リハビリにだって1年ぐらいはかかるらしい。わたしはホチキスの針を指でピンッと窓の外へ飛ばした。暖かい春の日差しの中で、それはキラリンと光った(ような気がした)。


これが「百合椿」だ

百合椿のアップ

ピンク

赤白斑入り

和菓子のような

グチャグチャ1

グチャグチャ2

黒バラにも似た

真紅

普通?
 
 2日目の荷下げと荷上げはかなりの重労働で、冷蔵庫などは上げる時おもわずグラッときてまじめに死にかけたが、ここでわたしが死んだら洒落にもならないので腕をグルグル回してギリギリふんばった。なるべく余計な労力を使いたくないところだが、レンタルボックスの移動式タラップを使用後はいちいち(毎回)決まった場所へ仕舞わなければならないのだ。それもきつい。で、1回の運ぶ量をなんとか増やしたいのだが、車はステーションワゴンだ、たかが知れている。「今度車を買い替える時は軽トラにすべえ」マジに考える。
 ましかし、部屋とボックスを10往復もするころには先が見えてきた。人間、余裕ができると視野が広がるものだ。50ccバイクでボックスまで来て、ボックスから1500ccのBMWのバイクに乗ってツーリングに出かける禿げた男性や、発電機と溶接機を引っ張り出してトライアルバイクの改造をする男や、農機具を取り出してすぐ横の市民農園の作業をする夫婦者など、いや実に他人の生活(利用法・事情)は興味深いのだった。マンション生活者にはうってつけのレンタルボックスである。わたしもボックスの中でベッドのクッションに横たわり、20分ほど昼寝をしてみたが空の青が濃くて快適だった。荷物をボックスに上げながら「早くこの荷物を追い出して、ここを一人で自由に使いたいなあ」などと画策した。
 10往復の途中に椿の林をみつけた。車を停め、写真を撮る。その中で1本、非常に珍しい種類の椿を発見、「百合(ゆり)椿」である。しかも斑入りである。花の形も下垂して百合に似ているが、そうではなくて葉の形が百合に似ているのでそう呼ばれるらしい。これは本当に珍しく、そう滅多にはお目にかかれない。ウンチクをひけらかしていいとおっしゃるなら、この椿に関することだけでフィールドノートが2〜3回書けるぐらいなのだが……。


牽引

牽引の仕組み

7Kgのオモリ。

肉留めホチキスだ

ホチキスアップ

 3日目の午前中に妻の手を借りて、最後の運び出しを行った。彼女はスッカラカンの部屋を眺め「ここに入る時のことを思い出すわあ」と懐かしんでいる。わたしが娘の独立に難色を示していたので、妻と娘は半ば秘密裡にことを進めていたのだろう。それはそれで楽しいイベントだった筈だし、責めるつもりなど毛頭無い。空っぽになった部屋の写真を何枚も撮った。
 コンテナの中と荷物の整理・整頓具合を妻に初公開する。
「ああ、冷蔵庫があそこで、ああ、ベッドがここね。なるほどね。ソファーなんか捨ててもよかったかもねえ……猫の爪傷だらけなのに持ってきちゃったんだ、ま、いいか」
 おかみ様のまあまあの合格点をいただけたので実にわたしは満足した。それに、体中の筋肉に乳酸が蓄ってしまって痛いし、特に手の平がむくんだようにパンパンに腫れてしまって痛がゆい。きっと過労で急性腎臓炎かなにか起こしているのだろう。小便も出ない。ま、2・3日塩分控えめの生活をすれば済むことだ。実に、実に満足である。無理をすればこそ得られる満足である。誰も誉めてはくれないどころか馬鹿にされかねない事だけれどネ。わたしは娘のために、金じゃなくて体で何かしてあげたかっただけなのだ。

 午後から娘を見舞う。荷物の撤収がとりあえず終わったことの報告と映画のDVBを何枚か届けるためだ。彼女の目下の楽しみはそれしか無い。
 右大腿骨にチタンのボルトを通す手術が1度失敗に終わり(レントゲンで見ると、牽引によって骨片が直線状に並んでいるように見えたらしいのだが、手術を始めてみるといくつかの骨片が回転して軸がずれてしまっていたのだという)壮絶な苦痛を味わわせてしまった。麻酔が抜けはじめた状態で急遽足を切開し、骨を糸で結んで固定し直してから再度ボルトを通したのだという。さぞ、すさまじい痛みだっただろうとこっちが泣きたくなる。気晴らしにでもなればとポータブルDVDプレーアーを買ってやったのだ。 時間はたっぷりある。見逃した映画を思う存分観ればいいのだ。
「傷を見せてみろよ」馬鹿親だ。
「まだグニャグニャしてるよ」馬鹿娘だ。
「写真撮っていいか?」
「なんでだよ」
「記録だよ、記録」
「ホームページに出すんじゃないだろうな」
「出すよ」
「尋常な父親じゃないな、パパラッチだな」
 わたしは自分が尋常でないことはわかっていた。しかしだ、これから始まるリハビリという名の本当の戦いを記録に残しておいてあげたいと思ったのだ。その記録を見て、いつか、こんなひどい怪我から私はは立ち直ったのだ、と娘が振り返り自信を持つことがあるかも知れないじゃないか。
 ネグリジェの裾をたぐって見せてくれたその患部に、わたしは失神しそうになった。わたしの足の裏に痛みがよみがえってきた。傷はおびただしい数のホチキスで留めてあったのだ。あまりに痛々しく、あまりに残酷で、あまりにむごたらしかった。
「あのジジィ、オレのひとり娘になんてことをしてくれたんだ」

 加害者は日を追うごとに言い分を変えてきている。誰かが知恵をつけているのだろう。娘が急発進をしてきたなどと言い始めているらしい。わたしはトコトン戦うつもりでいるが、最悪の場合は刺し違えてでも……と思っている。なんといっても「無理をすることでしか満足を得られない男」だからね。
 そうなるとだ、わたしも務所行きということになり、自然にこのホームページも打ち切りということになりますのだ。……ヨ・ロ・シ・ク!




               




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