2011年3月07日(月)「 オスギとヒーコ 」
「グショグショズルズル、勘弁してぐで〜!」というほどでもないが、ここ数年花粉症にはお世話になっている。やっぱり歳をとって、抵抗力とか免疫力とかが落ちてきているのだろう。昔は仲間に“バリケード小林”(デリケートの逆の意味らしい)と呼ばれるぐらい鈍かったんだけれど。
「マタギ(猟師)とか木こり(林業)とか、大自然の中で生きる人たちの知恵や技術は100%信用できるな」と、思い込んでいる。で、そのマタギさんがテレビで彼らの“花粉症対策”を伝授していたのだ。杉の葉と花(蕾?花粉がまだいっぱい詰まったやつ)をグツグツ煎じること8時間、長期保存可能な濃縮杉汁をつくるわけだ。それを適当に薄めて毎々飲んでいるらしい。荒技だが、一種の抗体作りのようなものだろうか、と思う。焼酎のお湯割の香り付けにも良さそうだ。
メモを取らなかったので詳細なところはよくわからないが、面白そうなのでやってみることにした。「自然のものを煎じて飲むだけだ、毒物ではない訳だしとりたてて危ないことはなかろう」という素人考えである。
……ところがどっこい、
写真を先に見た諸氏はすでにお気づきでありましょうか。わたしが採ってきたのは杉ではなく檜(ヒノキ)でございましたのです。お恥ずかしい限りでありますのです。50年余、そう思い込んでいたのか、どこかで知識がすれ替わったのか。効果があるようなら自分も……と期待していた妻は「お鍋は5回以上洗ってよ」と言い残し、バドミントンに出かけてしまった。
「どおりでなあ、なんか風呂の匂いがすると思ったんだよなあ、入浴剤にしちゃおうかなあ、ヒヒッ」
おとうさんの権威、失墜である。いつも偉そうに(特にアウトドア関係では)物知り顔をしていたので、なおさらである。
が、それでもめげない57歳、翌日には本物(?)の杉を求めて裏山へ入った。杉の花は今が絶好の見頃(?)である。おまけに背丈2mほどの幼木も多いので花がもろに目の前、顔の高さにある状態だ。見ただけでムズムズしてくる。が、見ているうちにふと疑問が沸いてきた。
「花粉症にもいろいろ有るっていうじゃないか、ブタクサもセイタカアワダチソウもサクラソウアレルギーなんてのもある。俺はほんとに杉の花粉に反応してんのだろうか? 実のところはハウスダストかも犬の毛アレルギーかも知れんしなあ……、一丁試してみっか!」
人体実験大好き博士であるわたしはフフフと笑い、杉の枝をユッサと揺すった。キノコの胞子様の粉煙(こんな言葉ある?)が見事に発生し、わたしはその煙の中に頭をつっこみ、皮膚という皮膚、目という目、すべての穴という穴から杉花粉を吸収すべく、集中力を高めながら肺活量いっぱいに深呼吸を繰り返した。花粉はおそらく肺の奥の気胞にまで達しただろう。わたしの鼻の穴は普通の人の数倍大きいので、花粉もおそらく尋常でない量が粘膜に付着した筈である。今度こそ風呂の香りではなく、しっかりとテレピン油の匂いが感じられて、わたしは大いに満足した。
体的には何の変化も起きず、犬の空に「やっぱりなあ、杉じゃなかったんだなあ。“バリケード小林”復活ってなもんだなあ、ガハハハハ!」などとほざいたりしたのだった。
5分ほど経った後、変化は突然やってきた。くしゃみの絨毯爆撃、鼻水の洪水、天から矢が降ってきたような目の痛み、涙の渦潮、かきむしりたくなる喉のかゆみ、経験したことのない悪寒、16ビートの震え……、どこへ逃げても逃れることのできない後悔と自己嫌悪の嵐。わたしは空に引きずられ、ツチノコのように這って帰宅した。
「“オスギとヒーハー(檜葉のつもりらしい)の逆襲”だわ! 絶対に家のお鍋は使わないでちょうだいックション!」
妻は訳の分からないことを叫び、くしゃみを繰り返しながらわたしを見殺しにした。わたしの衣服に付いた花粉が家中に飛んでいるので避難するために出かけると言う。
「バドミントンなんだろ、本当は? チクショウ、こんな時によう」
わたしは“オスギとピーコ”がバドミントンをしながら踊っている幻覚・幻像を見ながら、深い深い眠りに落ちて行った。
mk