２０１４年９月１１日(木)「 ヌヴォー 」

　葡萄酒ネタばっかりで申し訳ないが、まあお許し願いたい。なんせ「発酵」というものをやるのが初めてなので、面白くて仕方がないのだ。相手が微生物とは言っても、やっぱり生き物なので手がかかる。手のかけようで酒の出来というか旨さが違ってくるとなると、そりゃあもうただボーッと眺めてなどいられない。撫でたりすかしたり、混ぜたり濾（こ）したり、随分時間もかかっているのだ。
　誤って蓋を締めすぎた夜があったが、朝気がついたらボトルがパンパンに膨らんでいて破裂しかかっている。あわてて蓋を緩めたらまるで沸騰しているように激しく発泡した……なんてことはやってみて初めて分かること。まるで理科の実験のようである。
　この歳になって、まだこんなに興奮させられるものがあったのかと自分でも驚いている。味噌も納豆もヨーグルトもチーズもさらに奥が深そうじゃないか！ どうしよう遠山の菌さん！
　な〜んちゃってネ、我ながら大袈裟で物好きなジジイなこった、ハハハ。

　“ヌヴォー”の意味・蘊蓄はウィキペディアにかなり詳しく書いてあるが、まあかいつまんで言えばワインの“試飲用新酒”のことらしい。
　例年１１月上旬解禁のボジョレー・ヌヴォーなどが特に有名だ。解禁というからには、競合ワイナリーが何社かあって初出し日を話し合いで決めている、ということだ。
　ボジョレー地方の赤葡萄の出来具合をアピールするために、その年収穫した葡萄をいち早く醸造して瓶詰めして出荷する訳である。もっと分かりやすく言うと、結局はファンサービス兼宣伝なのであるらしい。
「今年のうち（当社）の葡萄の出来は最高ですぜ〜、まだ若い作りたてのワインですがの〜、飲んでみてくだされ。あ、そこのピチピチ好きのお父さん、ギャルもいいけどさ〜このピチピチワインもちょいと飲んでみてくだせえよ〜。旨いでやんしょう？ ですから、どうぞ本番のワインも是非当社のやつに決めておくんなまし〜」という訳なのである。「〜」はちゃんと伸ばして、ボジョレーのお爺さん風（？）に読んで欲しいものだ。
　スケールも社会的質感もだいぶ違うが、とどのつまりヌヴォーは食料品売場でやっている試食コーナーと目的は大して変わらないのである。

　女性に「せっかちねえ〜」と言われたことはないが、わたしは基本的にせっかちである。
　最初に仕込んだワインが今日で１６日目を迎えたのでとうとう遂に飲んでしまう(？)ことにした。「飲んでみることにした」でいいじゃないか、とおっしゃるだろうが結構覚悟が要るのだ。
　匂いはワインだが、実をまったく洗わなかったから得体の知れない毒素が自然生成されているかも知れない。背赤後家蜘蛛が混入したかも知れないから身体中が痺れるかも知れない。蕁麻疹が最近ひどいから、さらに悪化したらどうしよう。留守中に娘が下剤を入れた可能性もあるし、妻がシアン化合物を仕込むなんてことも考慮しないと……色んなことを考える年頃なのだ。
　いずれにしても自分が作った「酒」を飲むという行為には覚悟が要る。他人(企業)が作ったものは平気で飲むのに、よく考えるとちょっと変な話だ。

　コーヒーのフィルターで簡単に濾せるようなことがWeb上に書いてあって、信じて試してみたが全然ダメだった。濾紙の目がすぐに詰まってしまって使いものにならないのだ。時間をかけるのはいいが、アルコールがその間に飛んでしまう。
　ステンレスの金網ざる、不織紙、木綿布、荒目のナイロン布と色々試したが思うような結果が出ない。で、最後にやってみたスカスカのカーテン用生地が意外にも好結果だった。やっぱり一度で濾そうなどという作戦は甘いのである。
　金網ざる→カーテン生地→コーヒーフィルターで２回と順序よく濾過して、やっと写真の透明度にたどり着いた。それでもまだ１００%透明ではないから、この段階から追熟もかねて寝かせるといいかも知れない。
　日本酒は石綿で濾すらしいがどうなんだろう。本番では完璧にオリを沈澱させてから、上澄みだけを細い管で汲み取り、最後にコーヒーフィルターで濾すのがいいかな？　と考えている。

　大きめのコップ一杯分(２００ccぐらい)の「ヌヴォー」を冷蔵庫でキンキンに冷やして夕食卓に出した。アルコール濃度が若干低いが渋味も無く結構旨い。ワイン通ではないので、世界で一番旨いワインのような気がした。
　妻にすすめたが「今日は飲まない日」だという。娘にも命令したが「シャンパンなら頂くけど」などと、言うことを聞かない。
　わたしは「毒見役」という職業のことをふと考えた。そして「毒食らわば皿まで」の意味を考えながら一気に飲み干した。
　その夜、スーパーの食料品売場で、自分がワインの試飲即売をしている夢をみた。「売ってはいけない」のにだ。
　ちょっと幻覚作用があるようだ。