06年10月14日(土) 「 熊カレー 」
北海道特産の“熊カレー”の缶詰を2缶ゲットした。
ある日、勤務先の旅行会社で(と言っても、わたしは防災及びセキュリティ関連の仕事でそこに出向しているだけの立場なのだが……)、「明日から添乗で北海道なんです」とわたしに微笑んであいさつしてきた“小池ちゃん”という可愛い女子に「ねえ、北海道に行くのなら熊カレーっていうのを買ってきてよ」と大胆にもねだったのだ。ほとんど冗談のつもりで言ったのだったが彼女は本当に買ってきてくれた。おまけに代金を受け取らない。
「お金は金沢さんが払ったから……」と笑っている。この金沢君という男子がまたよくできた青年で、わたしのこのホームページもたまに見てくれているらしい。わたしの一人娘をくれてやりたいぐらいだ。まあ、生意気な小娘だからいらないだろうけど、金沢君、小池ちゃん、感謝してます。
「熊カレーがあるぞ」と遊び仲間のオカピーにメールを打つと即「遊びましょう」ということになった。ゲンキンな奴だ。今回のテーマは以下の3つ。
1、渡良瀬遊水池をカヌーで縦断し、キャンプ場で熊カレーを食す。
2、湖上でハクレン(巨大魚)ウォッチングをする。あわよくば釣りたい。
3、時間があれば、オカピー用に買ってあったフライロッドに初の魚血を吸わせる。(まだ1匹の魚もその竿で釣ったことがないのだ、このままだとボーズ竿になりかねない)
湖岸でカヌーを組み立てていると、30歳代前半ぐらいのお兄さん達3人が話しかけてきた。
「オーッ? どこのカヌーですか?」
「ファルホークのアミューズってやつ……」わたしは少し構えた。
「いやあ嬉しいなあ、まだファルホークの愛好者がいたなんて、ぼくもファルホークのボイジャー450を今日も車に積んできてます。もう今はモンベルに買収されちゃって無いですもんねえ、大事に手入れしておられますねえ」
わたしは警戒心をいっぺんに解いた。敬語の効用だ。
「向こう岸まで行くんですか?」
「おう、向こうで“熊カレー”を食おうと思ってねえ」
「熊カレー?」
「エッ? 知らないの? ちょっと味見してみる?」お人良しだ。
ワイワイガヤガヤ、彼らはスプーンを持って寄ってきた。良さそうな連中だがちょっとうるさい。わたしは「わかったわかった、1つやる」と缶切りで開封して渡してやった。代わりに食いかけの寿司とバナナを渡されたが、1缶1000円の代わりにしてはちょっとショボイ。まあいいか、オカピーとカヌーに乗りこみ対岸を目指す。後ろで「熊の味だ、匂いだ、ガオーッ」などとやっている。明るい青年というのは実にいい。一種の才能なのだろう。
人に好かれる要因の中には“多少の馬鹿”というのもあるかもしれない。アイドルという英語の単語には“馬鹿”という意味があることを、ふと思い出した。
風も無く、湖面は鏡のように静かだった。バターナイフをバターに刺す感じでパドルを水面に入れる。静か過ぎてカヌー的には面白くないが、ハクレンが水面に背ビレを出して雌雄でサークリングをするのはこういう日、状況なのだ。オカピーと二人、ナブラを探す漁師の気分でゆっくりと進んだ。こういう水面では、カヌーは手のひらで水をかいただけでも進む。漂う快感、たまにジャンプするのは50Cmぐらいの鯉、のどかな小春日和、岸にびっちり生えた“セイタカアワダチソウ”の群生がなんとなく“菜の花”に見えるからなおさらホンワカしてしまった。
「いませんね、ハクレンは」とオカピー。
「だめでげすなあ、時期が早かったどすかなあ、最低でも毎週4〜5回通わんと出会えんかも知れんなあ」とわたし。
今日はダメ、となれば変わり身は早い。100本連続パドルで一気に漕ぎ、上陸する。
「うちのカミさんなんか、以前食った時に臭い臭いって言ってたけど、どう?」
「全然! ハフハフ、旨いじゃないですかコレ、カレーもいいし、ハフ、肉だっていい意味で牛とかわりまへんがな」
腹が減っていたことを考慮しても熊カレーは実に旨かった。ネットで検索するとあまりいい評判は無く、ほとんどゲテモノ扱いのブログが多いのでちょっと心配ではあったのだが、数年前の熊カレーとは既に別物のようだった。メーカーの方はきっと頑張ったのだ。1缶1000円もするのだから、当たり前といえば当たり前だが、土産食品はリピーターが命、二度と食いたくないなどと言われたら即倒産だ。明言しよう「熊カレーは旨い」、100%天然ヒグマという表記がちょっと不気味だが、この際ノープロブレム。
「熊カレーの他にも“トドカレー”やら“エゾ鹿カレー”というのもあるらしいな」
「そうですかあ、“北キツネカレー”は?」
「それはまだ無いようだが、赤いパッケージの“カレー南蛮ソバ”ってんでイケルかも知れんなあ、メーカーに提案してやろうか」
妄想オヤジの悪乗りを予感したのか、オカピーはそれ以上ついて来なかった。15歳の年の差だろう。
出発点に戻ると、熊カレーをあげた3人組もカヌーをやっている。どうやらカヌーのインストラクター1人とその生徒2人のグループだったらしい。熊肉を食ったせいかレッスンはガオガオと激しく続いていた。インストラクターの明朗青年は、戻ったわたしたちに気付いて手を上げた。
「ゴチでした。熊カレー、スゲエ旨かったッスよ」
よかった、よかった、その一言でわたしは大満足した。熊が取り持った縁である。わたしは笑いながら腹に力を込めて「ガオ〜ッ!!!」と答えた。静かな水面が馬鹿デカイわたしの声で揺れたのだろうか、意味不明のジジイの行動にズッコケたのだろうか、3人のパドル運びが少しだけ乱れた。
mk