「 キリギリスの逆襲 」

 ほとんどの方が、イソップ物語の「アリとキリギリス」という話をご存知かと思うのだが、わたしはあの話が嫌いである。
 夏の間に「歌ばかり歌っていたキリギリス」というのが、若い頃「歌ばかり歌っていたわたし」とダブルからだ。辛い冬がやっきた時、夏の間の貯えで悠々と暮らすアリさんを見ながら、キリギリスは哀れにも死んでゆく訳だ。
 素直に受けとめれば、「遊んでばかりいないで困った時のためにしっかり貯えなさいよ、先のことを考えて計画的に日々を過ごしなさいよ」とイソップさんは言いたかったのが解る。しかしだ、いくら夏の間に「そんなにあくせく働いてどうするの? 楽しけりゃいいじゃん!」と言いながら遊んでいたかどうかは知らないが、いくら自業自得だとは言っても目の前で死にかけているキリギリス一家を見殺しにするアリさん一家に罪はないのか? とわたしは思うのよ。そんなネタで笑わす漫才コンビがいたような気もするが、まあそんな事はどうでもいい。とにかくわたしはこの話、というかそもそも“寓話”というやつが嫌いなのである。

「公募ガイド」なる雑誌や、もしくは「登竜門」なるウェブサイトを見ていると、さまざまなタイプの文章の公募情報が載っている。どういう風の吹きまわしでそんな気になったのかはもう覚えていないが、ある時わたしは「よし、児童文学とやらに挑戦してやろうじゃん」と思った。会社の同僚(女性)に児童文学をやってる(?)人がいて、こむずかしい事ばかり言うので、こっちが先に賞でも取ってみせようじゃん、という訳だ。
 締切が迫っていたこともあり、約2週間で原稿用紙50枚の短編に仕上げることにした。タイトルはズバリ「キリギリスの逆襲」だ。
 ストーリーとしては、よく出来ていると思った。SF小説の香りもした。

 イソップ物語を絵本にしたやつなどを見ると、キリギリスはだいたいが“やさ男”風に描かれてある。キザで、チンピラで、スタイルがいい。まあ要するに絵面的には格好よく描かれている。
 しかしだ、皆さんご存じか? 本当の真実のキリギリスは類希なる獰猛な昆虫なのだよ。獰猛な昆虫の代表のように言われるカマキリなどをも、時には食ってしまうほどなのだ。フフフ、わたしはそこに目をつけた。
 アリに食物を恵んでもらえなかった父親キリギリスは、哀れ厳冬の中で凍えて死んでしまった。夏の間歌ってばかりいたとは言っても、性格的にはまっすぐな奴だったのである。自分の所行を悔い、最後まで家族の心配をしながら、しかしアリに食料を乞うことなく潔く死んでいったのだ。
 ところがそのキリギリス父さんの息子が馬鹿だった。馬鹿といっても知能の低い馬鹿ではない、体力・知力共に優れているのだが根性が曲がっていたのだ。おまけに獰猛なDNAを100%受け継ぎ、非常に好戦的で始末が悪い、いつかは世界中のキリギリスの統一を目論んだりするのだが、当面の敵を「父を見殺しにしたアリ達」に定める。名前はちょっと安易だが「ギリス」といい、軍隊のような組織を作り、拡大していく。そしてアリの集落を襲う時のテーマ曲まであって、向かう道々「我らはなんでも切り切りす〜」と“手のひらを太陽に”のメロディーで歌いながら行進して行くのだ。死んだ仲間の角膜からレンズを作り、太陽光を集めた光線銃でアリ達を狙い撃ちしたりもした。
 一方、アリの方にもすぐれた人材がいて名前を“アリー”という。こっちは女だ。蜂の将軍“ハッチ”を色仕掛けでさそい、まんまと共同部隊を作りあげてしまった。お互いの蟻酸を混ぜて超強力になった「儀酸放射器」を地上と空から使いキリギリスに応戦する。

 いつまで書いててもしょうがない。で、結局どうなるかというと、ハッチとは一悶着あるのだけどアリーとギリスが恋仲になって、さいごには「アリギリス」という生物が生まれて繁栄する訳なのだ。馬鹿な話でわたしだったら読まないような話になってしまった。
 どうしようか迷ったが、どうせ審査員は最後まで読まないだろうから出してしまえ、とエイヤで応募した。3ヶ月ほど経って出版社から返事がきたのだが、感心なことに一筆ずつ講評が書いてあった。その文句がふるっていた。
「最後まで楽しく読ませていただきましたが、子供たちに読ますにはちょっと?でした」とあった。なかなかにすぐれた講評だ。「?」というのが実に言い得て妙である。
 この児童文学に力を入れている出版社からは、その後何度か「自費出版」の案内が来たが、そんなのは“お約束”だし、もう児童文学は懲りた。しかし「キリギリスの逆襲」というタイトルだけは自分でとても気に入っていて、そのうちもっとSFっぽくして書こうかな……などと思っているのだ。
 若い頃、音楽ばっかりやってた奴って、ほんとは実に真面目な奴が多いのだ。キリギリスはいつか必ず逆襲する。  



               
 




某月某日某所某笑
キリギリスの逆襲