「 仮装行列 」

 近所の100円ショップで茶封筒を探していると、骨太の女性に体当たりをされた。わたしは非常識にもその時大きなバッグを背負って店内を歩いていたので申し訳なく思い、詫びようとして彼女を見た。
 オー! 彼女は彼だった。いわゆる「オカマ」である。
 わたしは常に自分及び他人の人生に対して肯定的なので、ホモだろうがオカマだろうが自由だと思っている。まあ、肯定というよりどうでもいいと思っている節もあるが、たいていの事は認める方だ。しかしだ、その時だけはちょっとムッとした。
「あんた、そんな身長185Cmはあろうかってえ体格でオカマなんかすんじゃねえよ! ものには限度ってえものがあるだろうよ、オカマ張れんのは、まあせえぜえ175Cmだろうよッ、体重だって70Kgが限度だ、オカマにだって適性ってえもんがあるんだよ、恐いんだよあんた!」 と言いそうになったが本当に恐くなったので黙ってしまった。
 おまけに、ニッと彼女が笑うと前歯が3〜4本無く、鼻の穴がプクッと開いた途端に鼻毛がモワッと出てしまった。男だったとしても、いや男なんだけど汚いんだ、こいつが。
 2つあるレジの向こうからわたしをみて、さらにこいつがまた笑いかけるのでそそくさとわたしは店を後にした。
 オカマって実に不思議だ、何なんだろう。オカマバーに勤めている人はみんな本当のオカマなんだろうか。ビシッとスーツできめた普通の男が、夕方店に出勤してから化粧をし、オカマとして何時間か働き、店が閉店になったらまた普通人として帰宅するというようなオカマ業というような人はいないんだろうか。そんな妄想をしていたら肝心の茶封筒を買い忘れてしまった。

 大学時代に仲良し6人組がいた。6人というのは3組でだ。つまりカップル3ペアである。わたし以外は仮名にしよう。金丸君とヒロミちゃん、沖田君とノリちゃん、そしてわたしとケイコちゃんだ。それがどうした、名前なんかどうでもいいだろ、と言われればまったくその通りだがなんとなくリアリティがあっていいじゃないですか。
 いつも国分寺辺りでこの6人で飲み、ほとんどは沖田君の借りている福生の米軍将校ハウスになだれ込んだ。そこでまたバーボンなんぞをしこたま飲んで、酔った勢いでフェンスを乗り越えて米軍キャンプ地に入り込み、ゴムの表面のように奇麗に舗装された道路のうえでローラースケートをした。今考えるとなぜ捕まらなかったのか不思議なくらいだ。射殺されても文句は言えないぐらいの行為だった。
 6人が在籍していた武蔵野美術大学はわたしが住んでいる埼玉からは遠かったので、滅多にそっち方面で飲む事が無かったが、1度だけ展覧会の帰りに上野で飲んで、わたしのアパートに6人が転がり込んだことがあった。例のごとく部屋に着いてからも大いに飲んで、またこの日は3人の女性陣もかなり飲んでしまっていたので話題が妙な方向へと進んで行ったのだ。いわゆる「悪乗り」である。
「男女で服をとり更えて街中を歩き回ってみようぜ」という訳である。男はオカマに、女はオナベにという訳である。誰が言い出したのか覚えてはいないが、だいたいそんなくだらないことを言い出すのはわたししかいない。シラフだったら、そんな事をして何の意味があるんだと一人ぐらい必ず言い出すものだが、その夜は全員が「人生を捨てたイケイケヤングマン(なんだそれ)」みたいになっていたので即実行の運びになった。

 さすがにパンツまでは取り更えなかったがブラジャーは「ちぎれちゃうからやめてよ」という女性陣の反対を「1度着けてみたかったんだ」という男性陣の願望で押しきった。タオルなどをつめればなんとか様になるものだ。冬だから中身なんか見えないからどうにでもなるのだ。わたしは豊胸があまり好きではないのでタオル1枚にしたが、それじゃつまらないので右側は2枚にして槍投げで右胸だけ発達したスポーツ系オカマを演出してみたが、これがかえってリアルでイイ感じになったりした。意味は無い。服も窮屈ではあったが当時はわたしもウエストが細かったのでなんとかセーフ、さらに男は3人共やや長髪だったので遠目・夜目には十分女に見えた。男性陣の化け作業に時間がかかりすぎて女性陣のナベ化がかなり手抜きになってしまったが、ズボンの裾をガムテープで留め、3人に共通のワンレンはコートのフードで隠した。小型の「明日のジョー」みたいでちょっとイカれた感じがしたが、ノープロブレムだ。
 男3人は最後に化粧をした。ケイコちゃんが面白がって派手に口紅を塗ったくった。元祖「口裂け女」のようになった。
「金丸君は化粧乗りがいいわねえ」などと言って妙に彼にだけケイコチャンが丁寧に時間をかけたりしたので、わたしと沖田君が本気で嫉いたりしたのだが、金丸君はもともと歌舞伎役者のような美男顔だったしヒゲも生えない体質なので仕方ない。本物の女と見まがうぐらい奇麗になってしまったら、もうそれはゲイなのであって、オカマというのは髭の剃り残しをわざと作って、その上に無理矢理おしろいを乗せるぐらいの、どこかにエゲツナイ味が残っていてこそオカマたる所以なんだぞ〜、などと訳の分からんことを言いながら沖田君とわたしが頬ずりをし合った。大馬鹿野郎のコンコンチキ(死語)で親が聞いたら泣く所だろうが、まあ馬鹿どもはそうして段々に緊迫感をつのらせて行った訳なのだった。そして、とうとう街に繰り出す時がきた。
 目的などない筈だったのに「よ〜し、本当のオカマバーのホステスに1度でも間違われたら今夜の作戦は成功ちゅう事にしようぜえ」と沖田君が言い、出発直前に鏡を見て男たち3人は目をパチクリさせシナを作った。
「わたしたちはただの付きそいなの?」と尋ねる女性陣に「そ〜ゆ〜うことになっちゃったわネ〜」「そ〜ゆ〜うこと、そ〜ゆ〜こと」「う〜ん、わがまま、イ・ワ・ナ・イ」などとオカマ言葉で諭したのだった。残念ながら源氏名はつけなかった、今考えると惜しいことをした。写真も撮っておけばよかった……。

 当時、西川口の駅から東側はまだ所々に畑やススキの群生があったりして実にのどかな街並みだった。駅から200m続く商店街ももう0時を過ぎるとほとんど人通りもなく、わたしたちのふざけた遊びを笑って許してくれてはいた。しかし駅前のパチンコ屋「白夜」の辺りはもうすでにかなりの歓楽街度で、本物のオカマが何人かいてジロジロとわたしたちを見ては馬鹿にしているようだった。(余談だが6人はその日、大学の担任教授Sの絵を展覧会で見て、あまりの“駄目さ”にショックを受けかなり荒れていた)
 そして、わたしたち6人は越えてはならない一線を越えたのだ。線路をまたいだ駅の西口、つまり本当の歓楽街・全国的に有名な風俗の街「西川口」に入ってしまったのだ。
 ソープ(当時はトルコと言った)とキャバレーが順々に並ぶ横丁では客引きの兄ちゃんがいきなり店に飛び込んでもう一人兄ちゃんを連れて飛び出してきたりした。眼を飛ばしてくる兄ちゃんに流し目を返すと、片頬で笑われたりした。
「受けてるぞ、受けてるぞ」わたしたちはクスクス笑いながらそう思っていた。しかし事態は正反対の方向へ進んで行ったのだった。
 わたしたちは図に乗りすぎていた、横丁をこれみよがしにさらにもう1度往復してしまったのだ。逆撫でである。
「おい!おまえら」低いドスの効いた声で男が言った。パール色のスーツを着た首の太い、頭がでこぼこの男だった。
「手の込んだナメ方すんじゃねえ、チッ、女もいるのか、トウシロウの仮装行列ならよそでしろ、死ぬぞ」

 いっぺんに酔いが醒めて恐怖におののくケースだったのだろうが、わたしたちの酔い方は半端じゃなかったので、まあすごすごと暗い夜道を全員が何事かを毒突きながらわたしのアパートへ向かった。
 沖田君と金丸君は小林寺拳法の達人だったので頭ボコボコヤクザのこぶを倍にしてやればよかったのにとも思ったが、女性陣が巻き添えになるのを気遣って我慢したのだろうと察せられた。
 そして別に風俗の世界及びその世界に住む人々を馬鹿にしている訳ではなかったので反省のような気持ちもまったく湧いては来なかった。
「遊びだよ、遊び!」と、わたしが言った。
「行った場所が悪かったな」沖田君が言った。
「あたしがキレイ過ぎて縄張りを荒らされると思ったんじゃないかしら」金丸君はまだオカマ言葉のままだった。
「オカマって何だ? 職業か?」ケイコちゃんのオナベ言葉に全員が面倒臭そうに笑った。
 “空しさのようなもの”を感じてしまいそうだった。しかしここで“空しさのようなもの”を感じてしまうと、即つまらない大人になってしまうような気も少しだけしていた。つまらない人間になってしまうとつまらない絵しか描けないような気分になった。もっと馬鹿を続けなければいけないと思った。青春という名の悲しい勘違いである。
 酔った人間の感性は変である。ケイコちゃんの言った「……って何だ? 職業か?」というのがその場にはまってしまって、次々に誰彼がメロディーをつけて言い始めた。
「酔っぱらいって何だ? 職業か?」
「愛人って何だ? 職業か?」
「ヤクザって何だ? 職業か?」
「宇宙人って何だ? 職業か?」
「奥さんって何だ? 職業か?」
「幽霊って何だ? 職業か?」
「牛って何だ? 職業か?」……?「ブー」
 悲しいかな、愚かな若者たちの仮装行列はずっとずっと続いた。
 アパートに着くと、よほど騒々しかったのだろう、大家さんが起き出してきた。朝の3時である。わたしたち6人の格好をみてギョッとした顔をして大家さんは言った。普段糞マジメなわたしなので、なおさらだったのだろう。
「小林さん、ここはそういう所じゃないですから」
 わたしたちは首をすくめ、申しわけないと思いながらも「そういう所」の意味が分からず、考え込んでしまった。
 クツクツとおかしさがフェードインしてきた。
「大家さんて何だ? 職業か?」ケイコちゃんが息を殺して歌った。




                





某月某日某所某笑
仮装行列