05年12月31日(土)「 角質落し 」
子供が成人してしまい、さらに家を出てしまってからというもの、年間の節目節目の行事をないがしろにしてしまっているので気分が「いつもモード」のまんまなのである。いけないなあ、と思いながらわたしは最近ますます「興味のある事」にしか行動できないジジイ体質になってきた。
「ああ、また正月か、今夜年越しそば食って、1日の朝は雑煮食って、妻と二人だけだからまあ“おせち”もちょこっとしたもんで済ませて、酒もあんまり飲みたくないしカズノコ食ってそれで終わりだなあ」
食いもののことばかりだが、まあそんなもんなのである。この歳になると正月なんて退屈以外の何ものでもないのだ。以前のように体力があり余っていた頃は、やれ“初日の出”だ“初釣り”だと放蕩者のように元旦から野外で遊び歩いたものだが、今はそうもいかない。ご来光キャンプなんてもってのほかだ。椎間板が横に流れ出たせいで身長が10Cmも低くなったのだ(嘘、嘘、2Cm)、冷えてもっと縮まったら大変である。それに明日の元旦も明後日も「出勤」である。
し〜か〜しだ、やっぱり1年の垢は落としておかねばならない。わたしは今日「脱皮」することにしたのだ。フッフッフッ。私は知っていた、洗面所の棚に妻が密かに隠している「角質落し」の薬品があることを、フッフッフッ。あれを全身に使用して身も心も軽くなり、午後からカブの「走り納め」をすることにしたのだった。
熱い風呂を沸かし、子供のように湯の中で100までゆっくり数えるのを4ラウンドやるとわたしの体の表皮はフニャフニャに茹であがり、そのままでも手の平でこすればボロボロと垢と憑きものが落ちそうなのをグッと我慢して、ポンポンと叩くようにしてタオルで水気を取り去った。その後、しゃれた瓶に入った件の薬品を全身に塗ったくって30秒待つと、ん? 皮膚の薄い敏感な部分にピリッピリッとした刺激を感じた。このまま解けていってしまうのではないか、一瞬不安がよぎった。しかしそのままマジマジと手の甲を見つめていると、オー! 何かが浮きあがって来たではないか。
わたしは満を辞してそっとこすってみた。そして松田優作風に叫んだのだ。「なんじゃ〜、こりゃ〜!」
やったことがある人は分かるはずだ。もう、もう、もうもう、モー、牛に なるぐらいビックリだ。これは本当に全部垢なのか? こんなにも垢がたまるのか人間って? 半分は薬品がカス状に固まったものじゃないのか? わたしは感動と疑惑の間でプルプルと震えた。こすればこするほどいくらでも垢が出てくる感じなのだ。面白がって、こすりすぎて、チビた鉛筆みたいに擦りへってしまったら愉快だなあ、ニュースになるなあ、わたしは笑いがとまらなくなった。
「今日、埼玉県在住の会社員Kさんは、角質落しの乱用で重体に陥り意識不明の状態です。どうやら面白がって体をこすり過ぎたため、体が約10分の1程に小さくなってしまい、帰宅した妻が気付かずに踏みつぶしたらしく、警察では事故と殺人の両面から……」
全身からくまなく垢、いや老化した皮膚を落し、わたしはカブにまたがった。風を切ってお気に入り・馴染みのフィールドを走り、パトロールして回った。温もった体に冬の寒風が爽快だった。脱皮したせいもあってなおさらである。家に戻り再度風呂に入り、体を暖める。最近わたしは風呂好きなのだ、大変身である。
夜になって妻に今日の垢落しのことを話していると、妻は突然立ちあがり洗面所に走った。そして悲鳴が聞こえた。
「あ〜! これを使ったの? マジ? これ、顔専用のやつで1瓶¥8000もするのに〜、弁償してよね、これ、普通じゃ売ってないやつで、人づてでやっと手にいれたのに、私だってまだ1回しか使ってないのに全身に使ったの? オシリとか腹とか足とかにも使ったの? 信じられない、馬ッ鹿じゃないの? いまさら50歳男が体中スベスベにしてどうすんのよ、気持ち悪りぃ〜!」
えらい剣幕なのである。マジに切れている様子なのである。「プライド」も「ダイナマイト」も吹っ飛んでしまっただよ。そしてわたしは少し悲しい気分になってチビた鉛筆になった。
「結婚して20年、妻もわたしの影響(おかげ)でだいぶオットリしてきたなあ、若い頃は神経質だったけど良かった、よかった」などと自慰的に喜んでいたわたしなのだ。小さいことにクヨクヨせずおおらかに生きて行くのが1番さ、君も大人になったねえ、なんて思っていたのだ。ところが先述の“アジアン・ヒステリック娘”のような剣幕である。
フーム、……どうやら「角質落し」は妻の「化けの皮」まで落としたらしいのだった。クワバラ、クワバラ(死語?)、もう寝る。みなさん、よいお年を。
mk