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普通と普段は違うのである

タケノコは買ったことがない

箸置が恥ずかしい

ポポーの花だ

マジでプルーンかも

トウガラシ熱はまだ健在

ハラペーニョ越冬成功

ハバネロ越冬成功

韓国トウガラシ仲間入り

大木は語りかけて来る

ちょっと怖い妄想をした
2015年04月26日(日)「普段の生活」

「最近はどうなさっていらっしゃるの?」
「ええ、まあ、普段の生活をしていますよ」
 といった会話を吉永小百合と高倉健のような雰囲気でしてみたい、といつも思っているのだがなかなかそんなチャンスがある訳は無い。
「最近どうよ?」
「まあ適当!」
 そんな感じだ。さみしいねえ。ガサツだ。おお、ガサツという漢字は無いのだねえ!

 4月に入ってからお陰さまで忙しい。まとまった休みも無いから何処かに遠出もできず、タイトル通り“普段の生活”である。食べ物を作ったり、拾ったりだ。
 いつも言っているが、タケノコは買ったことが無い。出始めの時期にスーパーなどで一本500円ほどで売られているのを見ると笑いたくなる。ましてやそれを買おうとしている吉永小百合がいたりすると「奥さん待ちなさい。あそこの藪を曲がった所にこれとおんなじぐらいのが出てますぜ」とか教えたくなる。スーパー上がったりだ。
 ま、そういうことだ。これが我が町、土気での普段の生活。

 朝の犬の散歩の折り、ちょっとした崖の上にポポーの花を見つけた。地味な色なのでまあわたしぐらいの達人にならないと無理だが、山の花は地味なのだ…と言うことを意識さえしていれば吉永小百合さんでも見つけるのが可能になる。吉永さんがこの花を見つけたりすると「ポポー!」とか言いそうだが「ポポー!はジャイアント馬場さんのセリフだと思うんですが…」とか健さんが言いそうだ。……ハイハイ、止めますって!
 だけど、ポポーはあまり流通しない高級果実なんだぜ〜。
 
 庭に植えた実生の木がいったい全体何の木であるか忘れた…という話を先日書いたが、なんとなく本当に“プルーン”であるような様子を呈し始めている。とんがっているのだ。とんがっているから梅ではない。とんがっているからプラムではない。とんがっているからソルダムではない。とんがっているのはプルーンでしょ! ヒヒヒである。ミキモトプルーン万歳!! ちがうよ。

 越冬を試みたハラペーニョとハバネロが無事に新芽を出し、2015年のトウガラシ人生のスタートである。去年5リットルぐらい作ったトウガラシ醤油が残り1リットルになっているが、まあなんとか今期は乗り切れそうである。トウガラシと共に暮らすのがわたしの普段の生活だから、これが切れると大変なことになるのである。カプサイシンが途切れてしまうと途端に太りはじめ、すぐに70Kgに近づくのである。理想的なのは55Kgだからもっとカプサイシンをガンガン摂取して汗をだらだら流し、一日に下着を7回ぐらい着替える生活が、わたしにとっての夏の普段の生活なのだ。
 最近では朝の5時半が計量タイムになっていて、ジジイのくせに一喜一憂している。反面(意味が分らないが)2匹の犬はどんどん太っている。困ったぞい。
 ハラペーニョ、ハバネロ、沖縄島とうがらし、ジャンボトウガラシの4種の種を蒔いた。韓国トウガラシと普通のトウガラシの苗も衝動買い。トウガラシの会も発足させねばならない。

 異動して新しい職場になったが、駐車場の脇にすばらしい大木を見つけて嬉しくてしかたがない。そばを通ると話しかけてくるが、大木にかかわらず高飛車なところがなく低姿勢だ。はじめ、木の方から話しかけてきた。わたしもそこへたどり着いたいきさつなどを話し、くだらない人間どものエゴを語ると、彼女(大木)は明治の時代の、辺りが陸軍病院だったころの話をし、どれだけ多くの男たちが自分の意思とは違う人生を送ったかと、死んでいった男たちの一生を語るのだった。
「甘いね」といいたかったのだろう。わたしは彼女のおかげで残りの人生の存在価値に覚醒した。
 根元の巨大な又にヤツデが生えていたりして、彼女の下半身はすさまじい。わたしもその又の間で、溶かされて、次第に彼女と同化してゆく夢を見てしまったが、ちょっと恐ろしすぎてここでは書けない。いずれ「妄想パトロール」あたりでその恐怖と快楽の極みを書いてみたいとは思っている。

 わたしの普段の生活は実にありきたりのものだ。暖かくなったからなのだろう、時々窓から蟻も来たりする。