「 ヘラプーン 」

 フロッピーディスクの発明者、ドクター中松が億万長者なのはよく知られた話だけど、ドクター中松でなくても洗濯機の“ごみ取りネット”などの身の回りのちょっとした小物を発明し、特許を取得して大金持ちになった主婦の話をテレビで特集していたのだ。
「あたしも何か考えよっかなあ……」
 真剣に、実にまじめにそんな軽率なことを言う妻を、わたしは心の隅で少しだけ軽蔑しながら笑ってやった。
「あのね〜、ある日ハッとアイデアを思いつきました、なんてみんな言ってるけどね、こういう人たちはそれなりに日々何かないか、何かないかって緊張しながら生活してるんだと思うよ。“食う寝る出す”だけの生活からは画期的なものは出てこないんじゃないの〜?」
 妻はちょっとムッとした様子でわたしから顔をそむけた。
「食う寝る出す、くうねるだす、クーネルダス、クォーネルダス……?コーネリヤス、猿の惑星だ〜!」
とか訳のわからない事を言いながら、妻は紙カップに入ったヨーグルトを食べ始めた。実にまあ旨そうに食べるものだと感心しながら見ていたのだが、ヨーグルトはじきに底を尽いた。そして妻は、紙カップの縁に付いたヨーグルトの最後の一滴? まで食べようとカシャカシャとスプーンをせわしなく動かし始めたのだ。
 ?……、わたしの頭の中に一閃の光が走った。それはヨーグルトの最後の一滴まで妻に食べさせてあげたい、という愛から生まれたアイデアであった。まさにアイ(愛)デアる。
 ドクター中松には負けるかもしれないが、もしかするともしかしそうな気になってしまったのだ。世間では一般的にこういうのを「妄想」という。
 わたしが考えたのは、スプーンの先をやや柔らかいシリコンゴムのヘラような物でぐるりと縁取り、紙カップや瓶の角にへばり付いたジャムやヨーグルト、つまり「ゲル状の食べものを、無駄なく採取し食べるための物」なのである。
 そして名称は、その名もずばり「ヘラプーン」だ。

 自分ではかなりイケテると思うのだが、そんなオメデタイ話を妻にすると、おそらく「ああ! 私の夫はなんて馬鹿なんでしょう! 私は世界一不幸な妻だわ!」と、またまた悲しませることになりそうなので、わたしは密かに自分一人で計画を実行に移すことにした。「特許申請」だ、ウフフフッである。
 インターネットで調べると、比較的簡単にその申請方法はわかった。代行してくれる事務所も山程ある。ただ代行してもらった場合、最低でも¥85000かかることも判明した。さらにだ、自分で書類をすべて作成できれば、印紙代の¥16000で済み、書類の書式もすべて特許庁のホームページからダウンロードできることも知った。
 やらねばならぬ、ね・ね・ねば・ねば・ねばならぬ、だ。
 わたしは妙に真剣だった。作文生活とは別にキチンと食うための仕事はしているし、贅沢はできないが金に困ってるわけでもない。だがしかし! である。金はいくらあってもいいのだ、そうなれば「アラスカ行き」などチョチョイノチョイ! なのである。
「ヘラプーンで成功をおさめ、ヘラ鹿のいるアラスカでヘラヘラ暮らそう!」
 キャッチコピーまでできあがった。

 アイデアを思い付いてから1ヶ月ほど経ったある日、秘密にしていたはずなのに全てを妻にばれてしまった。1台のプリンターを共有できるように家中のパソコン(わたし、妻、娘それぞれ1台ずつあるのだ)をLANでつないだために、わたしのパソコンの中のファイルを覗かれてしまったのである。
「ずいぶんヘラヘラした計画ねえ、完成予想図も下手だし……」
「ウッ」
「あのさあ〜、こういうのはもう既にあるんじゃないの? 100円ショップにあったような気がするけどなあ、食う寝る出すだけじゃ特許は無理なんじゃないの〜?」
「食う寝る出す、くうねるだす、クーネルダス、クォーネルダス……?コーネリヤス、猿の惑星か〜!」
 
 そんなことがあって、いつのまにかなんとなく冷めてしまったわたしなのだけど、折りあるごとに「ヘラちゃん」は私の脳裏をかすめ、何事かを叫びながら走り去っていくのだ。
「私はまだこの世に存在してませんよ〜、早く作ってくださいな〜、そして大金持ちになってくださいな〜!」 わたしの頭は変なのだろうか。
 で、結局最近はというと、面倒臭くなってすっかりさじを投げてしまった。(うまい着地! ジャンジャン)
 
 こうして公開してしまったのだから、このアイデアを盗みたい人は……いや、是非誰かに盗んでいただきたいのだ。絶対訴えたりしないから、お願いだから名前だけは「ヘラプーン」にしてね。




               





某月某日某所某笑
ヘラプーン