「 運び屋 」
フジテレビで毎朝09:55からやっている「こたえてちょーだい」という番組をほとんど毎日見ているのだ。別に見たくて見ている訳ではなくて、会社でその時間ちょうどテレビがついていて見るとはなしに見てしまうのだ。曜日によってテーマがあって視聴者からの投書を再現ドラマ仕立てでやっている。ちなみに再現ドラマ女優では片岡あすかが好きである。(結構ちゃんと見ているのかな?)
で、先日「寿司屋伝説」というのをやっていた。要するに視聴者が寿司屋で見た、及び体験した話を再現していたのだ。そんな中で例えば、自分の食べた値段の高い皿(回転寿司屋でね)を隣の客の皿の山に乗っけてしまう「鉄面皮オヤジ」とか食べた寿司皿を持参のバッグに片っ端から隠して、皿の枚数をごまかす「馬鹿親子」とかをやっていて、まあ呆れてしまった訳なのだ。皿をかくして勘定をごまかすなんて実にさもしくて笑うに笑えないが、わたしはその再現ドラマを見ていて「ア! どこかで見た気がする!」と思い出すものがあったのだ。しかしながらわたしがみた光景には少しだけウイットがあった。洒落があった。ヒネリがあった。
名古屋に行くとマネージャーやバンドの連中とよく飲みに行ったが、行くのはいつもお決まり半屋台風の店だった。小汚い店だったけれど気取りがなくて気持ちが安らいだ。肴も単純明快かつダイナミックなものが多くて、例えば大皿にキャベツのブツ切りが山ほど無造作に盛ってあって、それに酢がかけてあるだけのやつとかだ。マネージャーは歯が丈夫な奴だったので、茹でたでっかい豚足を10個ほどもならべてグロテスクにかじったりしていた。奴は体重が120kgもあったので「共食い」にもみえたが、煮干しをカリカリにいためたやつにマヨネーズ醤油をかけたものばかり好んで食べるわたしもまた、マネージャーからは共食いに見えていたかも知れない。いずれにしてもたらふく飲み食いしても2〜3000で、安いということは体にも心にも健康的であった。
その店の「売り」はやっぱり名古屋ということもあって「ドテ煮込み」だった。牛のスジ肉を2cm角に切り、串に5〜6個さしたものを味噌味でコトコトと柔らかくなるまでとことん煮込んであるやつである。安い店だがその一品だけはある程度の値段がついていて、“食べた串の数”で清算をする仕組みになっていた訳なのだ。
ある時、そのドテ煮込みを旨そうに食べている客が3テーブルほど離れた所にいた。わたしとマネージャーはその夜のライブについて、ああでもないこうでもないと熱く語りながら見るとはなしに見ていたのだった。ボンヤリと見えていた、というのが正しいかもしれない。そのテーブルはもう半分ぐらい店の外に出ており、テーブルの足元付近はその客の靴下の色が紺なのか黒なのか判別出来ないぐらいの薄暗い闇になっていた。
異変に気付いたのはわたしとマネージャーがほぼ同時だった。
「? 今落としたよね?」わたしが言った。
「ああ、落としましたねえ〜、うん」
その客は串に肉片が残り1個になると必ず、串ごとテーブルの下に落とすのである。串の数をごまかすだけなら肉を全部食べてから串だけ捨てればいいはずなのに……だ。わたしとマネージャーは顔を見合わせた。その瞬間である。マネージャーの顔満面に笑みがあふれ、アゴでわたしにテーブルの下を見るように指図した。
どこから現れたのか黒い中型犬が、一個だけ肉片の付いたドテ煮込みの串を素早くどこかへと運んで行ったのである。そしてよ〜く目をこらして見ると犬はまた戻ってきていて、感心なのは客のすぐ近くには絶対来ず、5mほど離れた暗がりの中に身を潜め、ひたすらその客が次の串を落とすのを待っているのだった。立派な、立派な「運び屋」だったのだ。
わたしとマネージャーはうなった。頭のいい客と犬だ。いやいや、せこい客と頭のいい犬だ……、である。客は串の数を減らし犬は肉を得る、実によくできた共存関係ではある。しかしだ、度重なるうちにはバレてしまうだろうし、店主だって昼間に外の掃除なんかするだろうから、落ちてる串を発見するなんてことだってあるだろうになあ……。マネージャーの意見はもっともだった。リスクを背負いながらの飲食というのも興味はあるが自分ではしたくない。プラスマイナスを考えて、串に残す肉を半分にしちゃったりすることもあるんだろうなあ……、わたしたち2人は目の前の光景を酒の肴にして200%ぐらい楽しませてもらったのだった。
そのうち興味が薄らぎ、わたしたちはまた音楽話に花を咲かせていた。例の客は毎回(毎串?)やるわけではなく適当に間隔をあけて運び屋にブツを渡しているようだった。
「オヤジ! ドテ串5本追加ね!」客は突然さけんだ。よく食う客だ。
まあ、図々しいというか、その多毛心臓には呆れるがあんまり数が少ないとゴマカシ辛いとでも思っているのか、その段階でもう5回目ぐらいのおかわり追加注文だったはずである。
店主は注文の品をコツンと音を立てて置き、そして言った。
「犬も一生懸命運んどるんやけ〜、あんたも自分で運んで〜よ、それから1本よ〜けに入れてあるからたまには1本まるごとあげたらいいぎゃ〜」
「…………」店中が一瞬静まりかえった。
常連らしい人が口火を切り、その後店中がクツクツと笑った。運び屋の黒犬もク〜ンッと笑った。
店主の方が2枚も3枚もうわ手だった訳である。そしてそれはその店の日常のようであった。わたしとマネージャーはすがすがしい気分になり、酒がすすみ「いい店だ、いい店だ」と騒いだ。
上手い言葉が見つからないが、あの店主、なかなか人間のよくできた「旨い空気」の運び屋だったに違いない。
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