5月24日(月)   堰堤
 今年は早い時期に台風が来たり、雨の日が多かったりと「がっかり」の日が多いけれど
気を取り直して午後から出掛けることにした。
 久しぶりに荒川の土手を走ってみたくなってカブで出かける。土手上の道は砂利道だし
本当は車両侵入禁止ではあるようなのだけれど、つい、その……気持ちいいというか壮快
であるというのか誘惑に負けてしまう50歳なのであった。
 出掛けにフライロッドを積み忘れていたことに気付いてはいたのだけど、取りに戻る気
になれずそのまま走ってしまったのが、後々後悔することにはなる。
 どのあたりまで行くと決めずに走っているうちに、荒川と入間川の分岐点を過ぎて、行
け行けゴーゴー(古いねえ!)で走っていると前方に白く泡立つ堰が見えた。オー!もう
川越まできてしまった。
 左が入間川本流で右が越辺川(おっぺがわ)だ。初めてこの辺りに来た時、おっぺ川の
名前に感動した覚えがある。それまでずっと「こしべがわ」だと思い込んでいたので、真
実を知った時「”おっぺ”ってあんた!」と思わず教えてくれた左卜全似のおじじの肩を
叩いてしまった。おじじは危うくテトラから落ちそうになりながら「おっぺはおっぺだっ
っぺ」と訳の分からん言葉遣いをして「気安く人の肩叩くな」と目で訴えたのだった。
 堰堤の上流は鏡、下流は小規模ながら激流である。川の真ん中にものをポンと置くと、
前と後ろで様子がガラリと変わってしまうところが、人生のようでもあり運命のようでも
あり、はたまた女の一生のようでもあるなあ……などと妄想していると、パシャッと小魚
がライズした。激流が落ち着いた流れになった辺りが、かなりの深みになっているようで
底から水面付近の浮遊物めがけて突進してくる勢いからみて、どうやらオイカワらしい。
「フ、フライ竿……うー、忘れたのだった、置いてきたのだった……」
 指をくわえて水面を見る。悔しさで目が回りそうになったが、本当のところはテトラの
トンガリの上に長時間立ち続けていたせいで実際に目が回ってしまったのだった。
「こんまい魚がいっぺえいるっぺ、んだ!いるっぺ、いるっぺ」
 ぼくはかつて話したおじじの口調で独り言をいい、ヘッピリ腰になりながら一人で笑っ
て、慌ててしっかりした土手にあがった。
 すっかり長居をしてしまい、美しい風景を満喫できたけれど、帰路は雨にたたられてズ
ブヌレになって帰宅。「ズビズバ、ズブヌレ〜」という言葉が頭にひらめいてびしょ濡れ
の割には心の中が明るい。どうやらぼくは水辺の風景を見た後はすこぶる機嫌がよくなる
ようである。
左 卜全似のおじじは言った。
「おっぺはおっぺだっぺ」
ぼくの中におじじはパラサイトし、
ぼくの言語を乱すのだった。
「ズビズバ、ズブヌレ〜」

フィールドノート2004