昨年の10月、私と娘は茨城県の渡良瀬遊水池、通称「谷中湖」にファルトボートを浮かべていた。湖の真ん中に陣取って私は弁当をひろげ、娘はルアーのキャスティング練習に夢中になっていた。
しばらくすると娘の投げたルアーが何かに引っかかった。「あ! ア〜、根がかりしちゃったよ」と1個
1000円のルアーを惜しむように言い、竿を立てて思い切り引っぱった。
と、その時である。危うく体ごと持っていかれそうな勢いで竿がしなり、リールのドラグは悲鳴をあげ、同時に娘も「アワワ、アワワ」と意味不明に叫んだ。そして4.8mの我が愛艇が水面を音もなく滑り始めたではないか。
娘の半べそになりながらの奮闘も、私の必死のパドルコントロールも実らず、竿は垂直にそして泡をたてて水中に沈んでいったのである。
無知は空想の素、サメだ、マグロだ、淡水イルカだと帰路の車中も興奮さめやらぬ二人だったのである。
私は何としても正体を知りたくて、憑かれたように毎週「谷中湖」に通い続けた。しかし風のせいなのか水温のせいなのか、なかなかそいつに遭遇できずにいたのである。
何回目かのある日、私は小春日和の気持ちよさと少々のあきらめから、つい船上で迂闊にもうたた寝をしてしまった。
渓流の水音がした気がしてふと目を開けた私は、驚きと喜びから、しかし状況から判断して押し殺したような小さな声で「で、出た〜」とつぶやいた。
水面から背びれを出した、体長1mの「ハクレン」が何百匹もカヌーを中心にしてグルグルと激しく回っていたのである。
人造湖とはいえ大自然の一片に触れたようで、私は釣欲を捨てて素直に感動していた。
他の人にも見せてあげたい……、ハクレンウォッチングは私の年中行事になりそうだ |