フライフィシングを始めた頃、何もかも楽しくて頭の中はそれ一色になっていた。通勤電車の中でもハウツー本を読み「魔法のキャスティング」や「万能フライ」をイメージしては悦に入っていた。
自分で巻いたフライを2〜3本、いつも持ち歩く程のお馬鹿振りだったので、会社の酒席でつい後輩に「達人」がごとくに吹聴してしまったのだ。
「イイッスねえ、連れてってくださいよ」師匠と呼ばれてその気になってしまった。
週末、早速群馬県の渡良瀬川へとくりだしたけれど、キャストも初めての奴に釣られる魚などいるはずもなく、その日二人とも「丸坊主」だったのである。諦めきれない気持ちで帰路にはついたけれど、どうしても何か釣りたい釣らせたい。
車窓に沼が映った。立ち寄らない訳がない。バス釣りの人がほとんどだったが、ふと岸際に目をやると静かなライズがある。フライを落とすとパクッ、後輩のフライにもバクッと来た。後はもう入れ食い状態で、一投一匹この世の極楽になったのだ。
「師匠! こ、この魚はなんですか?」
「ウグイよお〜、このサイズ美味いぞ〜!」
明日も爆釣だぜ!ってな鼻息で、その日はそこでキャンプ泊。テントを張り、焚火を見つめ語り、そしてその日の釣果を塩焼きと唐揚げでいただき、焼酎のボトルを空けた。
翌朝、朝日と共に起き出して支度をしていると、地元の人が犬の散歩で通りがかった。焚火をとがめられるのか、と思ったのだが妙にニヤニヤしているのだ。さばいた魚の残骸を見て笑っているのだ。そしてついに口を開いた。
「ワタカを食ったのか?」
「ハアッ?」
「ほんとにワタカを食ったのか? この辺じゃ猫もくわねえど〜?」
案の定、彼の連れた犬もまた、それらをまたいで行ったのだった。
帰りの車中、後輩はついに一言も発せず、これ見よがしに缶コーヒーでうがいをしてみせたりした。そして以来ずっと、ぼくのことを「ワタカ師匠」と呼び続けている。 |