58年6月24日(火)「 微妙 」
梅雨の合間の晴天である。
メジロのさえずりが聞こえたので、慌ててデジスコのスイッチを入れ窓から外をのぞく。最近は出窓に常時デジスコがセットしてあるのだ。が、チリチリチリッとメジロは笑いながら飛び去り、デジカメには電線の写真だけが残った。
隣家のご夫婦が仲良く枇杷を収穫している。一房ずつ丁寧に袋懸けをして大切に守ってきたものだ。わたしが写真を撮るために庭に餌台を設けて鳥を集めるものだから、最近では“鷹の目バルーン(害鳥駆除用)”までぶら下げてあった。
「すずめなんか琵琶は食わねえだろ!」と言いたかったが「坊主臭けりゃ袈裟まで臭い」もとい! 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の例えもある。まあ近隣とは仲良くせねばならない。いよいよ収穫なのだなあ、などと感心しながら見ていると奥さんと目が合ってしまった。ヤバイ。
10分後、白いビニール袋を持った隣の奥さんが、庭に出ていたわたしを呼んだ。
「旦那さん、これね、琵琶、食べて!」
「あらら、こんなにたくさん。お宅の分が無くなっちゃうでしょうに……」
「そんなことないわよ、孫たちにもちゃんと送ったから。残った分でわるいけど、だから実も小さくて申し訳無いんだけどね……」
「いや〜そんな〜、ありがとうございます、喜んでいただきます」
さっき目が合ってしまったばっかりによけいな気を遣わせてしまったようである。微妙な気分である。
「桃太郎(トマト)が収穫できたらお裾分けしますね」なんて調子に乗って下らないことまで言ってしまったので気分がますますローになってしまった。
「琵琶のお礼を何かしないとなあ」
わたしは妻としばし思案した。
「買ったものをお返しするというのも何か変よねえ。かといって、内にはまだ収穫できるような実物(みもの)は何にも無いし……。そうだ! 私が美味しいパンを焼くから、それなんかどうかしらねえ?」
「…………」
まずい訳ではない。味も姿形も市販のものよりおいしいぐらいだ。が、「琵琶のお礼に手作りパンねえ……」わたしはちょっと微妙な気分である。
スーパーカブを磨く。
なんとかしなきゃと常日頃思いつつ、現在“雨ざらし”状態で庭に置いてあるカブなのだが、とうとうリム部分に錆を出させてしまった。さらに鍵穴部分から雨水が入ってしまったのかスイッチ類がまったく効かないのだ。セルモーターも回らないしウインカーも点かない。漏電の末、バッテリーが上がってしまったか? とキックでエンジンをかけ、しばらくアイドリングをし、いろいろいじったり叩いたりしてみたがそれでもウインカーが点かない。反応が無いのだ。どうやら電気系及び接点類がイカレてしまったようだった。
エンジンはまあそこそこ快調に回っているので、充電がてら近辺をちょっと流してみることにした。ウインカーが出ないのはマズイが、いざとなれば“手信号”という“手”がある。自慢じゃないがわたしはカブを手離しでも運転できるのだ。グルグルと近隣周辺を走り回って10分、突然ウインカーが作動した。スイッチボックスの中に入りこんでいた水が、走行の振動で抜けたのだろうか。風で湿気が飛んだのだろうか。原因がはっきりしないので、いつまでどこまでどのくらい走っていいものか微妙である。ウインカースイッチは効いたり効かなかったりを繰り返した。早々に防水対処をせねば。
気分が良くなってきたのでそのまま裏山へ突入。カケスの谷がある大藪池を目指す。林道はすっかり夏草に覆われ、葉や蔓の先々まで雨後の精気に満ちあふれているようだった。池の回りは有志によって植えられた野草がいっせいに花開き、さながら植物園のようである。ホタルブクロと額紫陽花の写真をまとめて撮る。カケスの谷周辺はしばらく来ない内にすっかり鬱蒼とした森になり、ホトトギスとカッコウの声にエコーまでかかって雰囲気満点である。行ったことはないがカナダのようだ。さらに聞いたことのない小鳥の声も混じって、おそらく青葉の中は鳥であふれているのだろう。しばし“森林浴”と洒落込んだ。突然、オオヨシキリが鳴き始めた。水田の向こうの湿地にヨシの茂った一角があって、声はそちらから聞こえてきている。離れていてもオオヨシキリの声は異常によく聞こえ、さらに奴は長時間さえずり続けるので少々うるさいぐらいである。ホトトギスの声もカッコウの声もいつのまにか遠ざかっていった。微妙だ。今日こそカッコウの姿を見れたかもしれないのに。
2時間ほど走り回って家の近くまで戻ってきた。八幡池の水面を見ると、何かが鋭く音を立ててライズしている。ライズというのはジャンプではなく、水面に落ちた昆虫などを魚が捕食することだ。わたしはにわかに熱くなった。
この池は今まで何度も下見をしている。「ここでのんびりフナでも釣れれば言うこと無しなのだが」という気持ちでだ。だって歩いて10分の距離なのである。ひねもすのたりのたりとくつろげる場所も欲しいではないか。
写真では明るく写ってるが、肉眼ではすでに水面は真暗状態、水中はまったく見えなかった。しかしそのライズパターンからして、魚はブルーギルに間違いなかった。スーパーカブからフライ道具を下ろし、3分で準備を整える。釣りは準備の早さがすべてだ。釣れる時間というのは一瞬だったりする。
馬鹿馬鹿しくなるほどの“入れ食い”。ほんとうに馬鹿馬鹿しくなって15分でやめてしまったが、それでも20匹ほどは釣っただろうか。悲しい性(さが)だ。海釣りでの欲求不満が一挙に出てしまった。
「それにしてもなあ、以前はメダカとモツゴとヘラブナしか居なかったんだけどなあ。放流はサイズと色からして……1年前ぐらいじゃろか?」
微妙な気分である。あきらかに誰かがゲリラ放流(違法)したものであろう。無知な奴が自分にとって都合がいいというだけで、近くの池や沼に勝手に外来魚を放した訳である。ブルーギルは特に繁殖力が強いので、あっという間に他の小魚を絶滅に追いやってしまうのだ。メダカはもうおそらく食い尽くされて居ないだろう。鯉やふなも卵のうちに食い尽くされる。適応性はブラックバスより強いので在来種に及ぼす影響はさらに大きい。たちが悪い。
「よし! 土気の自然を守っちゃる。使命感で釣るってのもいいかもしれん」
わたしは八幡池のブルーギル撲滅を誓い、毎日馬鹿馬鹿しくなるまで釣ろうと思うのであった。ブルーギルはカリフォルニアでは“パンフィッシュ”と呼ばれていて20Cmを越えたものは食用にもされている。“パン”はフライパンのパンである。ムニエルにして香野菜を添えるか、薄く味付けしてフライにすれば匂いもクリアできそうだ。刺し身はちょっと寄生虫がいそうで無理かもしれないが、軽く火を通してから無類の魚好き猫“ラテ”に食わしたら何と言うだろうか。美味いというだろうか。やっぱり泥臭いというだろうか、微妙だニャンなんて言うかもしれない。
mk