牧場は秋の気配
09年8月17日(月)「 牧場は秋の気配 」
例によって宿直勤務明けの正午帰宅である。1〜2時間昼寝をしたいのはやまやまだったのだが、遅くなると雲行きが怪しくなりそうだったので、気合を入れて出かけることにした。初秋の秋元牧場を見ておきたかったのと「今、野菜が高いから産直店で安いのを仕入れてきておいてネ」という妻のミッション。
長柄町の林間道をバイクで時速60Kmで突っ走ると、8月とはいえこの時期はもう震えがくるほど寒い。大型バイクに乗る人達が真夏でも皮ジャンを着る理由がわかるような気がした。時速80Kmを超えるあたりから人間の皮膚はパリパリッと凍り始める(?)らしいからネ。
半袖シャツ1枚で出かけてきたので、時々日向(ひなた)でバイクを止めて体を暖めた。
「あれ? この寒さ、この風の匂い、この風景、どこかで味わった記憶があるぞ……」
山超え、林間の道、睡眠不足、空腹、せつない風、寒さに対する無策、喉の乾き、お盆明けの8月17日……!
「アララ! “家出記念日”じゃないか今日は」
“○○記念日”などという軟弱な言い方をしてしまったせいで(普段はそんな呼び方はしない)、余計な記憶までよみがえってきた。
「二人が出会ったのが6日だったから、これから6の付く日は記念日にして、おいしいもの食べてお祝いしようネ!」
「ア〜! 美味しいお酒だった! 今日は20日ね、よし! これから毎月20日はお酒記念日にして外で飲む日にしましょ、いいでしょ?」
昔、なんでもかんでも記念日にする女がいて、子猫記念日やらヤモリのチビタン記念日やらケンカ、船酔い、ジェラシー、たんこぶ、挙句の果てにゲロ味記念日という訳の分からないのまでできてしまって、ついに手に負えなくなって笑いながら別れてしまった。
やばい! 限りなく脱線して行きそうだ。「脱線した方が数段面白い」というメールを時々頂くが、わたしは一応「純文学」及び「シリアスストーリー」を目指しているのでネ、乗りたいけれどその手には乗らない。
家出の話だった。
16歳の夏、わたしは「画家になります」と書き置きをして家出をした。午前3時、息を殺して玄関のドアを閉め、鹿児島から一路東京を目指して国道10号線を歩き始めた。由紀さおりの「夜明けのスキャット」がトランジスタラジオから流れていた。電車に乗らなかったのは足がつくのを防ぐためと、”根性試し”ということだったのだろうか。小賢しさと悲しいほどの純粋さが同居する高校1年生だった。
なんとか宮崎駅までたどり着いたが、所持金の減りがあまりに早いのに不安を覚えた。夜の山越えなどは凍えるほどだったが、昼間はまだまだ暑く、金はそのほとんどがジュースとアイスキャンデーに変わり結局は汗と小便に消えたのだった。歩きという手段がいかに効率が悪く、時間だけをを食うものであるかということを痛感した。そして良いのか悪いのか分からないが変わり身はすこぶる早い。
「150Kmも歩けばもう十分だろ、根性は合格! ものは合理的に考えようジャン!」ってなもんである。自分で自分を甘やかしてダメになっていくタイプなのだ。案の定その日の夜、駅前にあった自転車をパクろうとしてあっさりお縄になった。1晩留置されたが、高校が有名受験校だったのでおまわりさんも甘々になり、カツ丼を馳走してくれた上に食後には人生相談のオマケ付きであった。わたしは調子に乗っておまわりさんに絵を観せつけて自慢し「自分は日本のゴッホになる自信がある」と力説した。好きな女の話もした。実に嫌なガキである。4等身ぐらいの頭デッカチだったような気がする。
翌朝親に引き渡されて、歩いてきた道を横目で睨みながら特急のグリーン車で快適(?)に帰宅した。車中で「苦あれば楽ありだな」と冗談を言って父に睨まれた。母はいまだに8月17日を「おぞましい、おぞましい」と言う。わたしがどこへ消えたかまったく分からず、逃げた方角を祈祷師に占ってもらったそうである。「平安時代か!」 と突っ込みたくなるが、まあそれほどに心配したということだろう。ダメ押しは過労による急性腎炎、わたしは3日ほど入院して点滴漬けになった。
多くの人々が多大な迷惑をこうむったわたしの家出事件だったが、本人にとっては実に胸踊る夏物語であった気がする。不謹慎は承知しているが、40年経った今でもあの興奮を忘れられないのが何よりの証拠だ。逃避の意識はひとかけらも無かった。
何も恐れず、呆れるほどのプラス思考であれほどまっすぐに単純に物事に突き進んだのは唯一あの時だけであった気がする。
秋元牧場はツクツクボウシの鳴き声で埋め尽くされていた。不覚にも人恋しい気分に陥る。ツクツクボウシは秋の使者である。ツクツク法師とも書く。
法師様でもつくづく悩む秋到来ということであろうか。う〜む……違うな。
mk
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枯葉が落ちて… |
恥ずかしそうな態度 |
ツクツクボウシ |
わたしも畑が欲しい |
メルヘンボロ馬小屋 |
山上の蓮池 |
鯉はどこにでもいる |
糸杉のある風景 |
奥に祠があった |
寒いぐらいの林間道 |