2013年05月04日(土)「 17回忌 」

 父親の17回忌である。大型連休の最中に亡くなってくれちゃったものだから、法事のために我が家にはゴールデンウィークというものが存在しなかった。これまでは。
「遠慮しないで家族旅行とか行っちゃっていいよ!」と最近は親族たちも言ってくれてはいたのだが、なんとなく年中の節目にもなっていて一同が会する“顔見せの日”としての意義は高かったように思う。

 母が介護施設に入って9ヶ月経った。痴呆は日々少しずつ進行しているけれど体調はだいぶ安定しているようにみえる。17回忌ということもあるし、墓参りをさせて外で全員で飯でも食おうや、ということになったわけなのである。誰も口にはしないが次の23回忌を母が達者で迎えられる保証はない。
 義兄が車椅子のまま食事のできる近場の店を探してくれたので、すんなりそこに決めた。白ゴマの葛餅がちょっと有名な懐石料理店であるらしい。

 介護施設での母の食事の様子を見ていると、介護師さんや姉に言われるままに箸を運んでいるだけで、何を食ってるのかとか味が分かっているのかとか、旨いと感じているのかとか、そのへんがまったく分からない。耳がほとんど聞こえなくなっているせいなのか最近は語彙が極端に少なくなっているらしく、時々何かを言おうとするのだけれど「あ……」だけで止まってしまうのである。「あんたは誰じゃったかなあ?」なのか「あんたはもう食べたとな?」なのか「あんまり美味しくなかな」なのかまったく分からなくなった。

 しかし懐石料理店での母はちょっと違った。誰の17回忌なのかどころかその意味さえ分かってはいないのだろうが、今日の食事が特別なものであること、旨そうなものが次々と出てくること、そんな雰囲気を察して脳のパルスが多く出たのではないかと思う。「旨い…」を連発した。御造りが出てきた時など一通り眺めたあと真っ先にホタテに箸を出し、そしてその後マグロを箸でつまんでわたしの皿に移そうとするのだ。食べきれないからわたしにあげるということだと思った瞬間、母はわたしの御造りからホタテを持ち去った。姉の御造りからも同じようにしてホタテを自分の口に運んだのだった。
「そんなにホタテが好きだったんだねえ」と一同深く感動し、場は笑いにあふれたのだった。母はまだ100%生きているのであるなあ、とわたしはちょっとやさしい気持ちになってみたりした。


 水上勉のエッセイに新鮮な切り口があったように記憶している。
「痴呆は死の恐怖・不安から逃れられるようにと、神が人間に与えてくれた善意の最終コースなのではあるまいか」というのである。「なるほどなあ…」とも「そうかなあ…」とも思う。




                




mk
もっと色々聞いておけばよかった、と思うのでした。
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