Yahoo!JapanGeocities Top
怪しい人も物もたくさんある
2018年12月16日(日)「読まなくていい本」

 大河ドラマの「西郷(せご)どん」がとうとう終ってしまった。原作が女性作家(林真理子さん)、脚本も女性(中園ミホさん)ということが関係あるのか分からないが、一貫して“やさしい西郷さん”だったような気がする。大河ドラマでありながら、どこかしら朝の連続テレビ小説の雰囲気もあり“小骨まで丁寧に取り除いてくれてある焼き魚”のようで実に食べやすく且つ美味しかった。鈴木亮平さんは怒り顔もさわやかさんだったしネ。

 鹿児島人なのでもちろんわたしも西郷さんのことが大好きだ。おまけに中学から高校にかけて一時期「明治維新」にかぶれたことがあって、熱心に歴史資料館などに通って陶酔しきっていた。同じ薩摩人同士が刺し違えるような壮絶な事件もあったし、いかんせん最後の西南戦争が切な過ぎるので気持ちは重くなるのだが、諸々を乗り越えて“革命”を成し遂げた郷里の先輩たちを敬う気持ちは決定的で、そしてそれは今も少しも変わらない。
 大久保利通も嫌いではない。高い理想と強い意志という点では、もしかすると西郷さんより上だったかも知れないと今は思う。
 彼らが銃弾や刃に倒れることなく、あと30年長生きしていたら、日本のその後の軌道も大きく変わっていただろうと思う。辺野古の埋め立てなど無かったかも知れない。西郷享年49歳、大久保享年47歳の若さであった。
 それにしてもだ、わずか150年前、それぞれの義のためとは言え刃物を振り回しての殺し合い、反政府暴動の主犯の首をはねて見せしめに晒すなどという行為が、まだ普通にまかり通っていたことに驚く。結構残酷だ、タリバンもびっくりだ。

 そうだ! どこにも書いてない、誰も語らない(知る限りでは)西郷さん話をひとつバラしてみたいと思う。
 鹿児島の歴史資料館に展示されていたものでどうしても忘れられないものがあるのだ。「西郷どん」のイメージ崩壊を配慮してもしかすると今は取り除かれているかもしれない。
 それは「西郷さんが使っていた巨大な金玉袋」である。確か動物の皮製だったと思う。イノシシの毛皮だったような気もするが、そこはちょっとあやふや。
 西郷さんは重度の脱腸(ヘルニア)で金玉が2kgぐらいあったらしく、それをその袋に入れて腰から吊るして動き回っていたらしいのである。中学生のわたしはそれを見て恐れおののいた。桁が違う。玉の大きさの単位や桁についてはちょっと知らないが、何から何まで大きな男だった訳である。自分の物と比べると、ウズラの卵とダチョウの卵ぐらいの差だろうか? 林真理子さんの「西郷どん」には絶〜対に出てこない話。女性ファンの皆様、夢を壊して申し訳ない。


 さて「読まなくていい本」の話だった。
 明治維新を考える時、わたし自身いつも不思議に思うことがあって、それは「金の事」なのだが「脱藩して京へ集まった若造たちは一体どうやって食っていたのか?」ということである。
 特に坂本竜馬、日本初の株式会社と言われる「亀山社中」を持ってからの儲かり様はもちろん察しがつく。竜馬(亀山社中)には最も多いときで、今の金にして50〜60億円ぐらいのプール金があったらしい。
 問題なのはその前の話だ。若造集団の衣食住の費用を誰が出していたのか? あちこちと全国を動き回る費用を誰が負担していたのか?半端な金額ではなかった筈だ。

 Web上でしつこくしつこく宣伝されている本に「西 鋭夫の 新説・明治維新」というのがある。キャッチコピーは「誰も言わない明治維新の真実」である。「金の動きを見れば歴史の真実が見えてくる」という一文は、上記のような疑問を抱いていたわたしの胸にドストライクで届いた。定価2980円のところを、今なら送料だけの510円でどうぞ……みたいな勧誘にまんまと乗せられてしまった訳である。

 イギリスが「アヘン」で中国を征服・植民地化し終えて、さあ次は日本だという時に、それまでの自国軍の払った被害・代償を鑑みて、日本征服には武力を使わず内乱を起こさせる作戦をとった……というのが西氏の概ねの説である。長崎のグラバー邸の隠し部屋で竜馬はグラバーから準備金を何度も受け取った……などと見てきたように書いてあるのだが、そこへ至る根拠の説明が全く無い。話が史実に基づいていないようなのだ。確かにグラバーは武器商会の亜細亜担当者だった。薩長同盟の真の立役者は竜馬ではなくグラバーである、とも言えるのだが、西氏の説には説明が少なすぎるのである。同様に、全ての事案にそう結論付ける根拠の説明が無いのである。だから想像の域を出ていないのである。「説」
ではなく「妄想」にしかみえない。
 さらにいくら講演録とはいえ、本としての構成をもう少し考えた方がいい。とっちらかっていて主題が見えてこない。メモ帳のようでもある。途中で読む気が失せてしまった。

 妄想は変革の起点であるそうだ。竜馬は、もし薩摩と長州が手を組んだとしたら幕府を倒す力になるかもしれないと妄想し、その実現のために具体的な尽力をした。グラバーが介入したことはおそらく事実だろうと思うが、これこれしかじかの資料があって、こう結論付けられる、といった説明がなされなければ、今の時代は通用しない。西氏は講釈師の域を出ていない。それに喋りが下手である。

 妄想だけならわたしにも出来るのだ。わたしの妄想は江戸幕府が焦点である。幕府は自らの無力化を知っていて、外国に乗っ取られるぐらいならと、勝海舟を中心にした改革派が大政奉還の用意周到なシナリオを自らが書き、竜馬、西郷、桂らの配役を決め、徳川家の存続を条件に最小限の犠牲で大政を朝廷に返還し、明治から現代を生き抜いている、というものだ。
竜馬が海舟の送った刺客に殺されたのはどうやら史実的に確かなようだし、おそらく何らかの事情で竜馬が邪魔になったのだろう。
勿論わたしの妄想にも根拠もヘッタクレも何もない。西氏よりさらにフィクション大魔王だ。だから「珍説・明治維新」といったものは書かないのである。

「新説・明治維新」は「読まなくていい本」に違いないとわたしは言い切る。いや「読まない方がいい本」かも知れない。

お詫びと訂正
 西郷さんの巨大金玉袋と病気などについて「どこにも書いてないこと」「誰も語らないこと」などと述べてしまいましたが、web検索するといくらでもヒットするし、まるで世界の常識の如く扱われておりました。申し訳無し。
 またヘルニアではなくて、フィラリアの仲間のバンクロフト糸状菌というのが原因の「象皮病」というものであったようです。袋の素材に関してもイノシシではなくウサギの皮であった由、お詫び及び訂正をいたします。
 その皮袋を、中高生時代に資料館で何度も見た話は本当です。半世紀も前の話ですけど。画像検索しても出てこないところをみると、今はやはり展示されていないのでしょうかねえ。