海 2


欲得で自然をいじる奴には天罰が下るからな!
 おぼえとけよ!

 とりあえず「海を見たい」というだけで、ぼくは「まあ何時間かかってもいいか」とスーパーカブで千葉県富津岬を目指した。
 4時間後に到着したそこは、東京湾とは思えない砂浜が広がり、潮干狩りにはしゃぐ人の多さにはグッタリしたけれどなかなか本格的に「海」していて思わずウォーッと叫び、裸足で波打ち際をダッシュしてみたりした。
 潮溜まりの小魚を追いかけたり、貝殻を拾って耳に当ててみたり、海水を舐めてみたりといったお約束をひととおり済ませ、ドッカリと砂浜に胡座をかき腰を据えて沖を見ていると、まるで故郷にいるような気分になってしまった。
「海って特別なんだなあ」と訳のわからないことを思わず声に出していた。
 すると、もう何年も思い出せずにいたある男の名前がスーッと浮んで出てきたのだ。
 奴は、同級生の父親で、顔見知りではあったけれど「俺たちの海を売った男」でもあったのだ。いつも焼酎で酔っぱらい、通行人にからんでいた。だけどたくさんの山と土地を持っていたので2度目の選挙でその辺りの町長になった。
 そして近辺の美しい遠浅の海に、東洋一の石油備蓄基地を誘致したのだった。周辺の土地をころがして私腹を肥やし、県会議員、国会議員へと成り上がっていった。
 近隣の小中学校は「取り上げられた海」の代わりにプールをプレゼントされて本気で喜んでいたけれど、なくしたものについては皆、口を閉ざしたままだった。
「みんなもう忘れたんかなあ、許しちまったんかなあ」と、ぼくはドラマの台詞でもしゃべるようにまた声に出して言ってみた。
 あの頃見たカレイやエイの幼魚を記憶の中で追いながら「ちゃんと謝れよ川○新次郎」と男の名前を叫んでみた。
 その内、諫早湾のことなども思い浮かんで「誰に言えばいいんだヨ〜ッ〜!」と大声でわめいた。
 ぼくの回りにいた人々が次第にコソコソと遠退き、海だけがド〜ンとそこにあった。