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某月某日

「東京部分肉センター」  

「それにしてもねえ、アキラさんのお勤めなさっている会社、変な名前ですことよねえ、オホホ」
 町子の母親は突然不躾なことを言った。アキラの母親が一瞬ピクリと動いたがアキラが肘で制した。町子の母親がこの後に及んでも、アキラと町子が結婚することを面白く思っていないのはわかっていたが、そうはいっても今日は双方が50歩ずつ譲り合ってなんとかこぎつけた結納の席なのだ。こっちの両親も居るというのに随分嫌みなババアだとアキラはため息をついた。父親同士は互いにさしつさされつでもうだいぶ出来あがっているようだった。
「うちの町子に聞いてもねえ、あんまりよく解ってないらしいのですよう、部分肉ってのがねえ、聞きなれないでしょう?」
「はあ……」
「お肉を足の部分とか腹の部分とかで分けていらっしゃるの? 毎日?」
 
 嫌われても仕方がないのである。アキラと町子が付き合い始めてもうかれこれ5年経つが、その間ずっと結婚を前提にした真面目な付き合いであると言いいながら、一向に具体的な行動を起こさずダラダラと半同棲のようなことをしていたのだ。そして結局は「出来ちゃった結納」である。
「お肉は何種類ぐらいの部分に分けるんですの? 足、腹、背中、頭、股、内臓、皮、目玉、鼻、タマタマ……豚か牛かもわからないしねえ。馬かも知れないでしょう? あなたのこともまだよく解らないし、いえいえ、どこの馬の骨っていう意味じゃありませんのよ〜」
 ついにアキラの母親が切れた。
「あんたねえ、我慢にも程があります。あんたのそのブヨブヨした体の肉をわたしが部分部分に分けてあげましょうか?」
「ブヨブヨなのはあなたざあます、わたしはまだまだプヨプヨざあます」
 結納の席はついに修羅場と化し、さまざまな部位の肉が飛び散ってしまっていた。
 父親たちは店の隅で相変わらず駄洒落を言い合いながら杓をし合っていた。

 結局アキラは、自分の会社のグループ会社が「(株)神奈川多汁肉センター」や「(株)埼玉高脂肪センター」であることを言いそびれてしまった。
 町子は肩をすくめ、ニヤニヤと笑いながらにがりきって言った。
「ダメだこりゃ、今夜からまたアキラの部屋に泊まるわ」