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そば耳は無くても、側耳はあるのだ
2018年03月07日(水)「側耳アワー」

「“そば耳を立てる”という言葉使いは無い。正しくは“耳をそば立てる”である」という解説をWebで目にした。
 しかし「側耳(そばみみ)」という言葉はあるのだ。他人の話し声を気付かれないようにそばで聞くこと、とある。となると 「側耳を立てる」は有りなのである。
 わたしは右耳が4000Hz以上の高音域で難聴だが、左耳はすこぶる正常で、首を少し右に傾げたりすると他人の耳鳴りまで聞こえたりする。すぐ隣(前後左右)のテーブル席の会話などはほとんど丸聞こえだ。
 これから書くことはそうして聞き集めた他人の小さなドラマである。ほとんどノンフィクションであるという所に価値があると思う。
 あ、一言だけ付け加えておくが、決して“盗み聞き”ではない。

@
「子持ちはお嫌いですか?」
 女は短く言った。
「こ、子持ち昆布は美味しいですよねえ」
 男は笑って答えた。
 わたしは、ああ世の中にはこんな会話から始まる男女がいるんだなあ……と涙が出るほど感動した。
 “子持ちシシャモ”じゃあ……恐らくここで終わる気がするなあ。


A
 離婚が正式に決まった二人のようだった。互いに心を柔らかくして最後に飯でも……ということなのだろうか。
 男が女に訊ねた。10年程前の新婚当時の事のようだ。
「ずっと聞きたかったんだ。俺は“出来ちゃった婚”で構わなかったのに、それにあれほど生んでくれって頼んだのに、君はどうして堕してしまったの?」
 女は少し考えて面倒臭そうに微笑んだ。
「あなたの子じゃない可能性があったからよ」
 わたしはその時、偶然にも懐に柳葉包丁を持っていたのだが、男に貸してあげたものかどうか真剣に悩んだ。


B
「そばに居られるんだったらお父さん(のような存在)でもいいんです」
 24〜25歳に見える女が、その倍以上はありそうな中年の男に想いを告白していた。
「いやあ、まだ君のお母さんの顔も見ていないのに突然再婚話なんて……」
 この男、全然分かっていない。


C
「なんだお前、いつの間にそんなに幸せになったんだ?」
 とか男が言っている。妙な言葉使いからしてあまり頭は良くなさそうだ。“偉く”とか“金持ちに”というのなら分かるのだが……。
「あたしはさあ、すげえ大事にしてあげてんだよ〜」
 女の膝の上にマルチーズの雑種っぽいのが安心しきった様子で眠っていた。
 保護犬の事だったらしいワ。


D
 冴えない中年の男2人、立ち食い寿司屋でチビチビ飲んでいる。
「年下の上司によう、もちっと頭使えよジイサンとか言われちまったよ〜」
「なに〜、それでどうしたんだい」
「頭使って尻隠さずって言ってやったさ」
「やるじゃねえか」
 幸せとは案外この程度のものかも知れない。


E
 40歳代中頃の男だ。入社3年目程の女子社員を口説いている。
「私は妻への愛を忘れたことはない。けれど妻をいつも一番に愛している訳じゃないのだよ」
 とか言っている。
 卑怯な言いぐさだなあと思ったが、わたしは即座にメモった。が、まだ使ったことはない。


F
 大学の先輩後輩といった風の男2人組である。
「すべての女に女心が有るとは限らないんだぜ」
 先輩らしい方が言い切っている。なにか強い意志のある言い方だ。
 わたしとしてもその意見に100%文句は無い。同意、その通りでございます。
「女心なら僕の方があると思うけどなあ」
「?…………」
 後輩がタジタジになっている。そっから先はまた別の話だ。


G
 これから商談を始めようかという男たちが立ち上がって名刺交換を始めた。
「宜しくお願いいたします、営業課長のハセ・サンジでございます。呼ばれればいつでも何処へでもすっ飛んで伺います」
 嘘だろわざとらしい! と思った。“馳 参次”とでも書くのだろうか。?……悪くないなあ、ペンネームにしようかな。


 5年程前から“聞いて面白いと思ったこと”はスマホのメモ帳にすぐに記録するようにしているのだが、時に文字打ちが面倒だったりするから状況までは書き残してなかった、というものが今見ると結構な数ある。
「マラリア・キャリー」「スプリンクラー・アラーム分娩室」「鼻毛犬」「妹の産卵」「慇懃無礼講」「還暦からの追肥」「猪首の女」「全身植毛」などなどだ。
 可笑しいんだけどねえ、なんか……実りの無い人生を送っている気も少しするよねえ。