「 七福神のおちょこセット 」

  もう知らない人も多いかもしれないので簡単に説明させてもらうけれど、当時(1970年頃かなあ)フォークソングの旗手的存在だった吉田拓郎、井上陽水、小室等、泉谷しげるの4人が集まってフォーライフレコードという会社を作ったのだ。そしてわたしはそこの記念すべき「第1回新人オーディション」の優勝者なわけであるのよ。
  わたしはデビューしたにもかかわらず、あんまり売れなかったので新会社にほとんど貢献できなかったけど、同じ時期の原田真二なんかは華々しく売れて、フォーライフレコードの成長の基礎を作ったわけ。そのあと、杏里、今井美樹などずんずんとすごい人たちが出て会社も順調のようにみえていたのだけど、一昨年ぐらいかな? 危なくなって最近は細々の状態らしいのだ。
 
 まあ、ざっとそんないきさつなのだけど、設立当時は話題性も注目度も一番だったから、社長でもあった吉田拓郎さんが浅田美代子さんと結婚した時など、マスコミも大きく取りあげて大騒ぎだったのだ。
  で、わたしも所属アーチストの末席を汚していたわけであるので当然結婚式に呼ばれた。友達の結婚式にさえ出たことがまだないぐらいの年齢でしたからねえ、何を着て行ったらいいのかさっぱりわからないし、いろんなことを言われても何でもそろうというものでもないのだ。
 そして、かつがれてしまった。
「一応黒の礼服に白いネクタイってやつでいいんじゃないの〜」マネージャーの万作は白々しく言ったのだった。
  そして当日、借りものの礼服はいやがおうでも目立っていたのだ。なぜならわたし以外のほとんど全員が、ジーンズにTシャツ、軽くジャケットを羽織る程度のカジュアルスタイルだったからだ。おまけに座が一段落したころ、対マスコミということもあったのか「フォーライフの新人たち」ということで壇上にあげられ紹介されたりして、ダブルの礼服を身にまとったわたしは一人だけちょっとずれた宇宙人だった。
  後藤由多加という頭のきれるカリスマのような実質上の社長自らが歌ったり、スタッフバンドが演奏したりと、拓郎さんの結婚式は実に若々しい雰囲気で、わたしも自分の結婚式はこのようなスタイルがいいなあ、と心から素直に感動しながら参加させてもらったのだった。24歳の汚れ?を知らない頃の話ではある。

  拓郎さんと美代ちゃんの結婚式の引きでものは「七福神のおちょこセット」だった。結婚式のその自由な雰囲気とは随分イメージの離れた古風なものをいただいた気がしたが、わたしは桐の箱に収まったそれを、今日まで大事に持っている。妻などは大掃除のたびに「捨てちゃいなよ、どうせ二人は別れたんだし、何が七福神よ、縁きり神の間違いなんじゃないの?」などと笑って言うのだ。
  ちょっとそんな気もしないでもないが、これから先なにが起きるかまったくわからない世の中なのだ。ひょっとしてすごい価値、プレミアが付くかも知れないじゃないか。例えば拓郎さんと美代ちゃんが復縁するとか……。
「 ナイ、ナイ、おめでたい人ねえ! 」と妻は言う。
「 ほ〜ら、やっぱり目出たいおちょこじゃないか…… 」とわたしが言う。
 “めでたい”の意味がぜんぜん違うような気がするけどね。