あなたには、今でも島が見えているの
だろうか……なんのこっちゃ

島(island )

 5月、社員旅行で伊豆へ行った。
 しかし例年のことなのだが、旅行とは名ばかりで実態は社員全員強制参加の経営会議なのである。
 さらに会議と言うのも建前で、その15時間のほとんどが社長の「説教、訓話、自慢、嫌味」で構成され、さながらワンマンショーならぬゴウマン(傲慢)ショーといった内容なのだ。社内では社長を「インディアン」(いつも赤ら顔)、社員旅行を「ガマン大会」と呼んでいるのである。
 ところが何の気まぐれか、今回は100%お楽しみの時間が設けてあったのだ。
 2日目の午後、初島に渡ってバーベキューをするというプログラムである。それを見た時、全員が妄想癖症候群に陥った。
 女子社員たちはひそひそと「社長を船から突き落とそう」とか「島に置き去りに」などと誠に楽しげにささやき合い、男子社員は「ドサクサでノシちまおう」とか「穴掘って埋めよう」なんて具体案まで出て、それなりに胸を高鳴らせたのだった。
 そして当日、奴がまた予算をケチったのだろう、アッという間にバーベキュー屋の出した食材は無くなり、みな手持ち無沙汰で会議の延長のような沈黙が流れた。
 その時である。社長は一番若い男子社員に「食い物がないぞ、お前あのカラスを捕まえて来い、俺は何でもくえるぞい!」と言ったのだ。
 全員が顔を見合わせた。「そうか……何でも食えるのか……」
「食物を調達してまいりま〜っす」男子社員全員がケトケト笑いながら堤防脇の貸し竿屋へ走り、餌を買って釣りを始めたのだった。女子社員は釣れたベラやハゼ、怪しい小魚から毒々しいフグまで社長の元へとイソイソと運び、そして社長はそれらをことごとく食してしまったのだった。さらに高らかに言ったものだ。
「いい部下を持って、俺はしあわせだ〜! ガハハ〜!」
 う〜ん……、こいつは俺たちより何枚もうわ手だ、全くもって食えない奴だ、う〜ん。
 明日からまた社長の毒に当てられるのかと思うと、島影は美しくもあり空しくもあった。