コンパクトだろう?

何か霊関係がいる

蚊がいっぱいいる

小高伍長殿

ちっちゃい春セミ?

ひぐらし

2014年07月31日(木)「 蝉時雨 」

 部屋にあったダンボール箱から古いMDウォークマンが出てきたので“生録”なんてのをまたやってみようか、などと先日書いた。以来ずっとワンポイントステレオマイクを探していたのだが、全然出てこないのである。
「メガネを冷蔵庫にしまっちゃうような爺さまなんだから、もう諦めようかなあ。こんなことしてるとカッコーがケッコーになっちまうよなあ。あ! カッコーじゃなくてホトトギスだったなあ。まったくもうトホホスギだなあ」
 などとボヤいていたら違う箱からAIWAの簡易ステレオマイクが出てきた。買った記憶も、持っていた記憶すらも無い物だが、とりあえず道具は揃ったわけだ。もう音質なんか二の次である。さああとは行動有るのみ、バイクでゴーゴー糸井五郎だ!
 ホトトギスの声は真面目な話、最近さっぱり聞かれなくなってしまった。絶滅したのだろうか。
 で、手始めに蝉時雨(せみしぐれ)を録ることにした。ひぐらしの声なんかが録れるとまことに嬉しい。部屋で流せばビールが旨そうである。
 場所はすでにリサーチしてある。小高伍長のところだ。


 小高伍長と知り合ったのは3年前だ。
 犬の散歩をしていて、小便がしたくてたまらない時だった。男なのだからその辺の隅でチャッチャッと済ませばいいじゃないかと思われるかもしれないが、わたしは社会の範とならなければいけない職業なのでそれはできない。
 で、ふと考えたら丘の上に墓場があることを思い出したのだった。犬を引きずって大急ぎで丘を登り、息も絶え絶えになって藪の前に立った。チャックを下ろして放尿を始めると、とめどなく、そうとめどなく小便は出続けるのだった。排泄はこの世で味わえる最高の部類の快楽なのである。

「そんなに気持ちいいのか?」
 わたしは腰を抜かしそうになった。が小便でズボンを濡らしたくなかったので必死に耐えた。そして小便を飛ばしながら本能的に横走りで6歩ほど逃げ、振り向いた。それが小高伍長との出会いだった。
 彼の着ているカーキ色の軍服はところどころに黒いシミがあった。おそらく弾傷から流れた血が乾いたものだ。そして彼はすでに軍刀を抜いていた。
 わたしは頭の中で、犬は逃がすこと、最初に水筒を投げつけること、小さいがナイフを持っていること、60Cmほどの棒があれば十分応戦できることなどを考えていた。
 100mを12秒60で走ったこともある得意の「逃げ足」も見せたかった。
 しかし……その時は少々困った状況に陥っていたのである。
 小便が止まらなくなっていたのだ。

「お主、なぜ逃げない? 俺は霊だぞ」
「もちろん逃げたいですよ、でも小便が止まらんのです」
 わたしは霊を相手になんちゅう会話をしているんだと戸惑いながらも、チンチンを摘み続けた。
「お主は、病気なのか?」
「分かりませんよ、それにあなたは誰? なに? 霊がなんで心配してくれる?」
「俺は小高と申す者だ、人の墓に小便すんな。犬にもさすな、名誉毀損で訴えるぞ」
 アチャー、わたしは平身低頭謝罪した。ただの藪だと思ったその奥に、伍長の墓があったのだ。彼は軍刀をすんなりと鞘に収めた。
 そしてそんな会話の間にもわたしの小便は出続けていた。ゆるい下り傾斜になっている道を、わたしの小便がもう35mほども先まで流れていた。

「ルソンで見たことがある。おそらくクラゲ男病という病であろう」
「“男”は要らんでしょう? クラゲ病でいいじゃないですか! あいや、そうじゃなくて、どういう病気なんです?」
 相手が霊であることをわたしはもう忘れてしまっていた。藁にもすがる思いになっていたのだったのだ。
「体の中身がぜ〜んぶ水になってしまう病気でな、まさしくクラゲじゃ。ハナゲじゃないぞ、ハハ。 病気自体はな、そのまま放っておいてもどうってことはないんだが、なんか怪我とかきっかけとかがあると大変なんだな。クラゲ男病の奴でルソンで弾をくらった奴がおったが、傷口から血じゃなくて水が出やがる。で、これが止まらないんだなあ、最後まで」
「最後まで? 最後ってなんですか?」
「最後っつったら普通はオダブツってことだなあ」
「え〜っ!」
 わたしは恐怖を実感しはじめていた。そういえばもう快感も勢いも無くなっていた。タラタラともう漏れている感じだ。コックの締めが甘い水道の蛇口ようである。わたしは衝動的に指先に小便をつけて舐めてみた。
 すでに水だった。見事に味も臭いも色も無い、ただの透明な水だった。

「お盆の時期になると増えるんだ。クラゲだけになあ、ワッハッハ」
「ワッハッハじゃないでしょ」
「大丈夫、大丈夫、じゃあな、縁があったらまた会おう」
「待ってくださいよ、見捨てるんですか、わたしは死んじゃうんでしょう?」
 事実、わたしの体はもう半分ぐらいに萎(しぼ)んでしまっていた。いつのまにか骨も解けてなくなっていたらしい。水の弾力だけで今まで立っていられたのだと分かった。
 わたしはグニャリと横になり自分の下肢を眺めた 。水分が抜けて干からびかけたクラゲを砂浜でよく見かけるが、まったくそれと同じ状態になりつつあるようだった。
 わたしは衣服がそのままの状態で横たわり、その中に人型のコンドームのような薄い脱け殻が残っている光景を連想した。
「だいたいそういうのは、早朝に犬の散歩の人が見つけるんだよなあ」
 言いながら左の頬で笑ってみたりした。
「犬の散歩中だった奴を、犬の散歩中の奴が発見するわけか……」
 遠退いて行く意識を必死で引き留めながら、わたしはチンチンをズボンの中にしまった。もう小便ではないのだから、濡れてもいいのだよなあ、とつぶやいた気がする。
 ヒグラシが真上の枝で鳴いていた……気がする。


 わたしが今生きているのは、3年前のその事件の後、夜半から降った雨のお陰だ。小高伍長にはそれ以来会っていない。






※レポート
WM‐61Aというパナソニックのコンデンサーマイクのヘッドが非常にいい音が録れるらしい。手作りマイクのブログがWeb上にいっぱいある。1個100円だものなあ、是非挑戦してみたいです。






                  






mk
BGで蜩(ひぐらし)の声が2分50秒ほど流れます
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