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「いぶすくん」と「いぶされくん」なのだ

本当の豚味噌パン。

キジのヒナを捕まえた

優雅な袋掛け

いぶされしものたち

よるの袋たち、怖い
2015年06月20日(土)「 …な訳はない 」

「豚味噌の会」の経理担当が、我が家の葡萄に袋がけをしたいという。時期的にはちょっと遅いが、これからが本番の梅雨を多少なりともしのげれば少しは綺麗な房になるかもしれない……と頼むことにした。
 お礼の接待イベントは「燻製パーティー」にした。

 当直明けだったので経理担当と帰路の電車の中で合流。腹が減って死にそうだったので、途中でパン屋「ルッツェルン」に寄る。と、なんとなんとそこで“豚味噌パン”なるものを発見してしまった。縁(えにし)だのう。
 わたしと経理担当は顔を見合わせ、おもむろにそれぞれの名刺を手に持ってレジへ向かった。
「わたしは“鹿児島秘伝の歴史ある豚味噌を日本に限らず全世界に広める会”略して“豚味噌の会”の会長、小林です。こちらは経理担当の、いや経理課長の……」
「ハ〜ッ、玲奈です」
「ちょっとですね、このパンの“登録商標”というものについて、店長さんとお話できますでしょうかね?」
 レジの女は突然の言いがかりに青ざめ、髪を逆立てて奥へすっ飛んで入って行ったのだった。そして1分ほどで店長が現れ、なにぶんにも穏便に……と言いながらわたしに封筒を差し出したのである。
「いやいや、そんなつもりで言ったのではありませんよ。今後なにか一緒にできないものかと、お話をうかがおうかと…」
「分っております、分っておりますとも、ですからここはなにとぞ穏便に」
 経理担当がわたしの袖を小刻みに引っ張った。視線で何かを訴えている。その直後、わたしの視角の端の300mほど先にパトカーの赤色灯らしきものがチラと見えた。わたしはため息をひとつつき、それを合図に二人は同時に、何も言わず、何も考えず、本能的に走り出していた。いくつになろうと、逃げ足だけは衰えない。そう、もうお分かりだろう、これが豚味噌の会の本性・本業なのである。
 封筒には5万円入っていた。これで相当量の燻製具材が買えることだろう。まったくなあ、豚味噌さま様である。ちょろいもんだ。
 ……な訳はない。

 燻製つくりはブドウの袋掛けが終わってからにしようと思っていたのだが、よくよく考えたら時間の無駄だと気づき、先に食材調達に出かけることにする。時間に制限があるときは“ながら”にかぎるのである。足腰を鍛えようとリュックを背負っての歩き買出し。といってもたかだか往復1時間の距離だ。
 チバリーヒルズを見学しながら抜け道を歩いて行くと、いきなりキジの親子の大移動に出くわした。反対側からは犬友達のメルモちゃんがやってくる。で、挟みうちになった感じとなり、キジの親子は右往左往。ついに逃げ遅れた一羽のヒナを経理担当がゲットした。
「これで犬とキジは揃ったな、あとはサルだ」などと馬鹿なことを言っていると、経理担当もその気になって「飼いたい」と言い出した。周りでは親鳥が心配したり威嚇したりで旋回しながら鳴き叫んでる。
「キジも鳴かずば撃たれまい、ガハガハ」わたしは訳の分らんことを叫びながら笑いが止まらない。
「まあ育てるのはいいが、保護鳥なので森田健作県知事の許可が要るぞ」などと下らん説明をしているうちに、突然ヒナが見えなくなった。
 わたしが思うに、飼いたいというのは嘘で、おそらく、千載一遇の試食チャンスと考えた経理担当が食材袋の中で首をひねったのだろう。か、もしくはあの場で呑み込んで“踊り食い”にした可能性もある。
 う〜ん?……な訳はないか、な。

 経理担当が袋掛けをしている間、何回かに分けて燻製器“いぶすくん”に火を入れた。お母さんへの土産にも持たせたかったので量も必要で、結局合計4ラウンド。結構大変なのである。が、それでもまあなんとか最終ラウンドにこぎつけた。
 あまり熱を加えなくていい食材だけをまとめたつもりだったのだが、最後にドジを踏んでしまった。チーズがぜ〜んぶ溶けて流れて焦げて、炭になってしまったのである。さらにチップと混じって跡形も無い。
「この女…、ちょっと目を離したスキに裏口から入って、チーズだけ全部一人で食ったに違いないのだ。なんてえ女だ、油断も隙もあったもんじゃない。チーズとソーセージはなあ、カミサンのリクエストでもあったんだぞ、どうしてくれるんだよ?」と真面目に疑ってしまったのである。
 それからはもう大喧嘩である。真相が分った後も、準備不足、研究不足、知識不足、脳味噌不足、身長不足と罵倒され、殴られ蹴られ炙られ、とうとうわたしまで燻製になってしま……な訳はない。どんどん話がさぶくなってまいりますな。


 夕方、家族全員が揃って燻製パーティーとなった。お母さんへのお土産分はもう既に抜いてあったので、皆遠慮なく箸を伸ばして食べ切った。
 ホタテの貝柱が少ないと文句が出た。ケチった自分がなんとも恥ずかしい。一番高いものが一番美味いという当たり前の結論。が、牛肉、ソーセージ、茹で卵、イカ、タコ、ササミ、シャケ、ニンニク、カマボコ、ハンペン、すべて満足のいく出来、美味であった。次は是非「冷燻」に挑戦しよう。
 舌鼓を打ちながら、わたしにはひとつだけ気になっていることがあった。
 実は経理担当を家に連れて来たとき、家に一人も家族が居なかったのである。なんとなく向う3軒両隣の視線を感じたのは事実だったのである。もちろんわたしは世間体を気にするような男ではないので何を言われても構わないが、娘などは気にしそうである。
 夜になって町内の回覧板が回ってきた。ととろどころをマーカーで彩色した妙な手描きのペラが1枚挟んである。
「小林さんちの旦那さん情報です。実際に見た方がおられたら連絡ください。実は今日、奥さんと娘さんが居ない隙に若い女を連れ込んだという裏情報があります。町会としては風紀上見逃すことも許すこともできません。その上おおっぴらに、なんだか楽しそうにママゴトみたいなことをしちゃっていたとのこと、イヤラシイったらありゃあしない。真面目そうなのは外面ばっかりなのねえ、ですことよ。つきましては小林さんちの旦那さんを凶弾すべく、回覧板にこっそり暴露文挟んじゃったって訳ですわ。家政婦じゃないから“加勢婦は見た”なんてシリーズにしたらイケテるんじゃないかしらオホホ。あらイヤダー、楽しくなってきちゃったわ。よっしゃー!」
 
 男61歳、まだそれぐらいの艶(?)が有ってもいいのだろうが……んな訳(?)はないのである。