「 名古屋の夜空に響いた音は 」

 “勝ち組”と“負け組”ということばがある。あまり好きにはなれないことばだけれど、まああるのだ。解りやすいからね。
  そういう分け方というのはどの世界にも、どの段階というかプロセスにもあって、新人歌手の世界でもやっぱりはっきりしてしているのだ。“も〜っ!何がなんでも売れてやる〜!”組から“何が起きてるのかしら……のほほん”組までいろんな人たちがいるわけだけど、今思えばわたしは後者だったわけで、ラジオや取材でインタビューされても堂々と
「 いやあ、もう自分の作った曲がレコードって形にになっただけで、嬉しくて嬉しくて大満足、大満足ですタイ! 」と答えては、マネージャーに小言をいわれたりしていた。が、次の機会にもまた同じように答えていたのだから、あんまり世の中の仕組みが解っていなかったんだと思う。
  どうも欲が無い、ハングリーさが足りない、自己満足自己完結型性格なのである。
  売れてる人と売れてない人の扱いは、番組出演などでは実にはっきりしていて、ディレクターの意識も「出演してもらう」と「出させてやる」ぐらい違うのだ。あたりまえのことなんだけどね。
 
 ある日、名古屋東海ラジオの深夜番組に「出させてもらった」折り、1つの新人紹介コーナーがあって、そこにもう一人の「出させてもらう」新人がいた。名前などとっくに忘れたが、まあ居たわけだ。で、2人の新人に“じゃんけん”をさせ勝った方の曲だけをオンエアしようという恐ろしい企画だったのだ。
  ブースの外でマネージャーが拳を振りあげて、わたしにハッパをかけているのが見えた。わたしは相変わらず、「まあどっちでもいいや、もうきしめんも食ったし……」なんて思っていた。番組のパーソナリティは“笑っていいとも”に出る前の兵藤ユキさんで、じゃんけんに勝った方には“おねえキス”のオマケというか拷問というか、そういうものも付くらしかった。
 そして無欲の勝利なのか、なんとじゃんけんにはすんなり勝ってしまったのだ。そしてユキねえさんのキスをもらうことになった。しゃくれたアゴが邪魔になりはしないかと余計な心配をしながら、まあ場を盛りあげるためには少しは馬鹿になちゃろう、と唇を尖らせてユキねえさんに向けた。
  その瞬間だった。「バッチーンーンーン」、わたしの頬をたたく音が名古屋地方に響きわたったのだ。ディレイまでかかっていたので、あらかじめの段取り通りだったということなのだろう。えげつない、とはこのことだと思いましたね。
 
 顔ではへらへら笑ってはいたが、あの時は一瞬、兵藤ユキとそのディレクターに殺意をいだいた。“はずみ”を装って張り倒していたらどうなっていただろうとか、そのあと強引にユキねえさんに覆いかぶさってキスを強要し、その場でズボンをひんむいて強姦にまで至っていたら……とかいろいろ後になって妄想もしたけど、それはそれで気持ち悪いな、と忘れることにした。あんな馬鹿ディレクターはとっとと死ねばいいのである。わたしは体は小粒だがケンカは強い。相手が175Cmまでなら勝てる自信がある。あ、そんなことここで自慢してどうする。ハハ
 
 それでも「 勝ち組み 」になりたいとはべつに思わないところがわたしのキャラなのだ。わたしの“のほほん”はけっこう筋がね入りなのである。